「のっとれ!松代城」
・・・その奇妙な名前を知ったのは、登山でお世話になっている先輩のFacebookだった。今年は参加ができなくて残念、という投稿だったのだが、あまりに奇抜なイベント名だったので「ああそうですか」と見過ごせなかった。なんだ、それ。
ネーミングの勝利。イベントってのは名前の付け方が大事なんだなとつくづく感じながらも、このふざけた名前を検索してみた。すると、毎年3月に行われる、雪上レースの事であることを知った。
「松代」というので、てっきり長野県の「まつしろ」の事だと思っていたがさにあらず。これは「まつだい」と読み、新潟県十日町市にある地名だった。・・・えーと、十日町市?どこだっけ。
今度は地図を確認だ。すると、ああなるほどここか。ほくほく線が突っ走っている途中に確かに「まつだい」という駅名はあった。近くに「日本三大薬湯」としてアワレみ隊でもお世話になったことがある、「松之山温泉」が控えている。ここ、すっげえ豪雪地帯じゃないか。日本有数の、洒落にならん場所だ。一晩で1メートルとか雪が降るという。
そんな「雪まみれの場所」だからこそ、冬に観光客を呼び寄せようと頑張っているようだ。毎年3月頭に、「越後まつだい冬の陣」という雪上のお祭りが盛大に開かれ、そのメインイベントが雪上鉄人レース「のっとれ!松代城」なんだという。ぽっと出の思いつき出たとこ勝負イベントなのではなく、そこそこの歴史も誇っているらしい。
「のっとれ!松代城」とは、スタート地点から3キロほど離れた山のてっぺんに、「松代城」という城跡がある。そのてっぺんめがけてみんなで競争をし、一番乗りを目指すレースらしい。時間制限が設けられているのでそれまでにお城に到着しなければならないのだが、道中雪の壁や溝、またはそりを使って移動しなければならないなどの障害物があり、それらを克服しなければならないのだった。「『風雲!たけし城』みたい!」と30代以上の人ならすぐ気がつくが、実際この超有名テレビ番組にインスパイアされて作られたイベントなのだという。
雪の中をわーっと走って山の上を目指す競走。そんなん、本格的にトレーニングした人に勝てるわけがない。実際、この情報を僕にもたらしてくれた登山の先輩は、沢登りやロッククライミングをこなす相当な強者だ。そんな人がゴロゴロ参加する鉄人レースだったら、僕みたいな素人が出る幕はない。興味津々ではあるけど、まあ参加は厳しいかなーっ、と思っていたのだが、記事を読み進めるうちにぴたりとマウスをカチカチやる手が止まった。そこにはこう書いてあったからだ。
越後まつだい冬の陣、最大の目玉である雪中レース「のっとれ!松代城」。
城下町から山頂の松代城まで、標高差約200m延長約3kmの雪上に約10箇所の障害(難関)があり、これを乗り越えて、山頂の松代城一番乗りを競うレース。
見事一番で入城を果たした戦士には、1年間松代城主に任命し、松代産魚沼コシヒカリ(一石)、他が贈呈されます。
男子10位まで、世田谷賞・八王子賞など豪華賞品が与えられます。
女子1位(女侍大将)に、コシヒカリ60kg他。5位までに世田谷賞・八王子賞・そばセットなどが贈られます。
また完走者の中から抽選(運力の部)で、ハワイ遠島の刑(5名)、釜茹での刑(芝峠雲海宿泊券)や酒責の刑、再陣の刑、再城の刑などの刑罰が与えられます。
その他、仮装パフォーマンス参加者の優勝者(大歌舞伎者)、援軍大将にも褒美を取らせます。
十日町市観光協会ホームページ内「のっとれ!松代城とは」より引用
お城に早く到着できた上位の選手に「褒美」が出るのは当然だろうが、「ハワイ旅行」やら「温泉旅館宿泊券」が「抽選」で当たるのは魅力的だ。しかも、エントリー人数が400人の割には、ハワイが5名というのだからやたら大盤振る舞いだ。1/80の確率だぜ?宝くじで「1等当たったらどうしよう!」なんてハラハラするのとは訳が違う。うっかりしたら、本当にハワイが当たってしまいそうなくらい、現実味を帯びた抽選だ。マジで当たったらどうしよう。極寒の地で、常夏の島に思いを馳せる。いいね、いいじゃないか。
そんなわけで、あっという間にこのイベントに参加することを決定した。新潟県なんて遠い!と心配する必要はない。越後湯沢まで新幹線、そこからほくほく線に乗れば、実はあっという間にまつだいに到着することが可能だ。いや、「あっという間」というのは言い過ぎだけど、下手な山奥の観光地なんぞに行くより遙かに近いし、楽だ。しかも、近くにおかでん大好き松之山温泉がある。あの独特なホウ酸の臭いはやみつきになり、しばらくは温泉の臭いが染みついたタオルをくんかくんか嗅ぐ癖がついてしまう。その松之山温泉に一泊して鋭気を養い、翌日松代城を攻め落とし、そしてハワイ遠島の刑を申し受ける。最高のシナリオじゃないか。
鼻息を荒くするおかでんに賛同したのがよこさんだった。彼女も、あこがれのハワイ島流しを所望していた。よし、二人で参加すれば、どっちかがハワイ当てちゃうかもしれない。1/40の確率。これはひょっとしたらひょっとする話だ。がぜん我々は盛り上がった。
宿の手配をし、防寒対策をがっちりやった上で、我々は当日を迎えた。
2014年03月08日(土) 1日目


土曜日朝、よこさんとは東京駅の新幹線の中で待ち合わせることにしてあった。10時12分東京発、MAXとき新潟行き。新潟に1泊2日の行程で旅立つぞ!という割には比較的ゆっくりな出だしなのは、あんまり早く現地に行っても間が持たないからだ。
「越後まつだい冬の陣」というイベント自体は、土日の二日がかりでいろいろ行われるらしい。夜には大きなキャンプファイヤーみたいなのがあるみたいだし、昼間は歌謡ショーとか、ゆるキャラ大行進とか、屋台とかいろいろだ。失礼ながら、「雪深い山奥の冬の屋外イベント」にしてはやり過ぎなくらい盛大だ。だからといって、僕らまでそのイベント全部を体験するのは無理だ。寒さ耐性がないんだ、「わー面白いねー、次はなんだろうねー」なんてのんきに出し物を楽しんでいたら、松代城を乗っ取る前に氷柱として松代の地に深く根ざしてしまいそうだ。
越後湯沢に行くには、いろいろなチケットが存在する。みどりの窓口で正規料金で買うのはもったいない話で、
(1)金券ショップで新幹線回数券を購入
(2)「えきねっと」で購入して「えきねっとトクだ値」割引きを受ける
(3)モバイルSuica経由で購入して「スーパーモバ得」または「モバ得」を適用させる
というパターンがある。購入時期やら設定便やらによってこれらが安かったり安くなかったりして、大変にややこしい。いろいろ検討した結果、金券ショップで回数券を買うのが一番安かったので、それにした。ただし、モバイルSuica経由で買うのと10円しか差が無かったが。それだったら、クレカ決裁ができてポイントが貯まるモバイルSuica経由の方が正解だったかもしれない。
新幹線の中では、不安げな顔をしたよこさんが窓際にちょこんと座っていた。
「いやー、隊長ちゃんとくるかどうか心配でしたよ。ほら、これだけ混んでるじゃないすかー、いつ『隣の席、空いてます?』って別の人に声かけられるんじゃないかってハラハラしてました」
と周囲を見渡すポーズをする。そういえば、確かに新幹線はほぼ満席だ。「上野駅で集合しよう」なんてことにしていたら、確実に座れなかった。オール二階建ての新幹線で、これなんだから商売繁盛してるなJR東日本。
「おかしいな?今はオフシーズンだぜ?なんでこんなにお客さん、いるんだ?」
不思議でかなわん。だって、我々の「のっとれ!松代城」だって、豪雪すぎて閑散期だからこその冬のイベントなわけで。人が少ないなら納得だけど、なんなのこの多さは。
「そりゃー、スキーっすよスキー。GALA湯沢あたりに滑りに行くんすよ」
よこさんがさも当然、と言う。あー、そうか、巷にはスキーという娯楽があったのか。この10年以上、スキーなんてやっていないのですっかりそんなことを忘れていた。あと、新幹線でスキーに行ったことがないので、そのことをすっぽりと忘れていた。
「そうか、みんなスキーなのか。・・・そんな中、僕らは雪の中を走って山に登ろうっていうんだから野蛮だな」
「野蛮どころか、今私風邪引いちゃって」
そういえばよこさんは大きなマスクをしている。なんだかまぶたも腫れぼったい感じ。
「熱もあって、ホントはよっぽど今日はキャンセルしようかと思ってたんすよ。でも隊長一人になっちゃうのは悪いから」
お情けで松代城に付き添ってくれるということに。すんませんそしてありがとう。

「あー、でもどうしたもんかなー」
「なんです?」
「いやね、出陣祝いだ!ってことで、さっきビールとチーズ買ってきちゃった。僕は当然お酒が飲めないから・・・よこさん、飲むよね?」
「鬼ですね隊長は。病人に飲ませやがりますか。しかもよく冷えたやつを」
本当は越後の地酒を熱燗できゅっと、といければ良かったのだけど、そんな都合の良い物は東京駅では売られておらぬ。とりあえずそれは今晩のお楽しみとしておいて、今はビールを飲んでもらうことにした。
「かんぱーい」
「まだ何もやってないんすけどね。何やってるんだろうなあ、こんな朝から新幹線の中で」
ぼやくよこさんと強引に杯を交わし、おかでんは涼しい顔をしてシークワーサージュースを。そしてよこさんは銀河高原ビールを。そのまま、車中で明日の本番に向けての作戦会議となった。
「地図をよく読むと、スタート地点からいったん標高を下げて、その後スタート地点のすぐ脇を通って松代城に向かうんだ。だから、累積の標高差は230メートルくらいあるのかな、と。で、水平距離3キロ。制限時間が1時間だとしたら、まあ・・・そこそこ歩いたとしても、間に合わない時間ではない。むしろ、全力で走って、途中でへばって大休止した方が時間的に厳しいかもしれない」
「写真を見ると、障害物のところに人がわーっと固まってるんすよねー。多分、全力で走ったとしても、障害物のところがボトルネックになって、そこで順番待ちになると思うんすよー。どうせ先頭を走るのは無理だろうから、だったら敢えて後ろの方でゆっくり行った方がいいかもしれないすよー」
僕もよこさんも山登りの経験はある。なので、おそらく時間内にお城に到着は出来るはずだ。しかし、雪山の経験は皆無なので、そこが全くの未知数だ。
「地図を見ると、なんか道路じゃなさそうなところにもルートがあるんですよねー。これ、雪の中をがっぽしがっぽし、歩けっていうんですかね。だったら、先陣切って走る人の負担が重たそうな気が」
「いや、さすがにつぼ足になるようなルートは走らせないでしょ?主催者が先回りしているはずだし」
結局、実物を見てみないことにはわからん、ということになって、話が振り出しに戻ってしまった。で、宴会続行。


とはいっても、上越新幹線はあっという間だ。1時間ちょっともすれば、もう越後湯沢に到着してしまった。本気で宴会をしようとするなら、明らかに物足りない時間。本当に近いな、新幹線だと。これがクルマだったら、関越自動車道をチンタラ走って、関越トンネルのところでチェーン規制があって、とか面倒なんだよな。
3月の東京は、当然のように雪なんて全く無かった。2014年は珍しく2月に2回ほど大雪が降ったが、さすがにもうその名残はない。しかし、トンネルを越えた先にある越後の国は、さすがの雪国だった。明らかに空気が冷たく、肌に突き刺す。そして、新幹線ホームは雪害から守るために完全に屋根で覆われ、線路はスプリンクラーによる除雪が行われていた。
「ゆ、雪国だ・・・」
ようやく我々は、これから「雪」のイベントに参加するのである、ということを体感した。

越後湯沢駅の改札を出たところは、広大なお土産物売り場が広がっていた。以前来た時はこんな感じでは無かったと思う。一体いつのまにこんなにすごい事になってたんだ?スキーシーズンである冬だけなのか、それとも年中そうなのか。これはうっかりすると日本でも有数の駅構内売店数の多さだと思う。
「うわあ!いろいろ売ってる!」
早くもテンションが上がる。やはり日本海側にやってきた、ということで売ってるものが違う。場所柄、柿の種とか越後地酒とかお米といったものが多いが、それ以外のお菓子やらなんやら、本当によりどりみどりだ。こりゃあ、越後湯沢に旅をした人は土産選定に困るな。選択肢が多すぎる。でも安心、困った時は元祖柿の種でも買っておけば間違いはない。
早速お買い物したくてウズウズするが、荷物が増えるからやめとけ。帰りがけに買うことにしよう。

土産物だけにとどまらず、レストランも魅力的だった。
地元のブランド豚、「つなんポーク」を使ったトンカツ屋。魚沼産こしひかりを使った丼の店。布海苔つなぎでおなじみの「へぎそば」を出す蕎麦屋。そして日本海の海の幸を使った回転寿司屋。おおう、旅情をそそられまくるぜ。これは是非食べたいところ。
「隊長、蕎麦食べてこうとか思ってません?」
「・・・いや、やめとく。このあと、バイキング食べるんだった」
よこさんから水を差してもらい、我に返った。我々は、まつだい駅の近くに地元野菜などを使ったバイキングレストランがあるということを発見していた。やっぱり、旅情はできるだけ目的地である松代近辺で発露したいものだ。松代の!山の幸を!食べ尽くすゥゥゥゥ!と思うとがぜんテンション上がるじゃないかねキミイ。食べ尽くした地場の食材をパワーに変え、翌日松代城を攻め落とすと思うと痛快でならん。それを思えば、まだここで昼飯を食べるのは早い!もう少し待つべし!
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