
14:05
僕は絶望的なまでに植物の名前が覚えられない性分なので、高山植物を愛でる習慣がない。
「ああ、綺麗だな」とは思うものの、名前を特定して記憶するのが苦手だと、どうしても愛着がわかない。
せっかく、雪解けとともに花が咲き誇る季節に登っているというのに、なんとももったいない話だ。
ということで、この花はイワカガミ。
登山ではおなじみの花だが、「イワカガミ」という名前すらなかなか脳の記憶として定着しないのが残念。
だいたい「チングルマ」だって、僕の中では「白くてちっこい花」で止まっている。植物に対して申し訳ない限りだ。

白い花をたくさんつけた木が、目を引く。
ようやく高山にも春が訪れ、夏が近づいてきたこの時期に、これでもかというほど花を咲かせている。
なにをそんなに生き急いでいるんだ?と思ってしまうほどの勢いだ。
コブシなのかモクレンなのか判別がつかないが、その系統の花。

花びらが猫のスコティッシュフォールドの垂れ耳みたいに下を向いていて、やる気があるのかないのか分からない。
・・・いや、こんな厳しい環境で生きているのだから、やる気がないわけがない。
これが彼らなりの最適化された形なのだろう。

14:11
地図上で標高1,564メートルと記されているあたりを通過。
前方の景色がいきなり開けた。
東京学芸大学の標識群も、こういうところには立てないのか。いや、これまでの標識がことごとく倒れていたから、雪と融雪の繰り返しに耐えられなかったのかもしれない。
特にこういう樹林帯を抜けた場所は、雪のダメージが大きそうだ。
いずれにせよ、前方に見えるのはおそらくニセ巻機山。
近く見えるが、標高差はまだ300メートルある。なかなか手強い。

このあたりから、虫が爆発的に増えてきた。
体の周囲を、ひっきりなしに旋回してくる。
モスキートネットは有能だが、所詮は布。薄手とはいえ、熱はこもる。
「そんなバカな」と思うかもしれないが、実際、若干息苦しいほどだ。
しかも額の汗がネットにポタポタ落ちて、視界を邪魔する。
見た目ほど快適じゃない。
だから、虫が少なそうなエリアではネットをまくり上げていた。
でも、そんな平和な場所はこの山では稀。すぐにまた被る羽目になる。

14:18
見た目にはユルユル登っていけばすぐニセ巻機に着きそうに見えるが・・・実際は急登だ。

背後を振り返ると、谷川連峰が見える。
関東地方は、あの稜線の向こう側だ。

そして、これまで目印にしてきた天狗岩と、ついに高さが並んだ。
横から見るとただの岩峰だが、麓から仰いだときの迫力ときたら、日本でも有数のインパクトがあると思う。
やっぱり“色黒なやつは強そうに見える”というのは、人も岩も同じだ。

巻機山から南へと続く稜線。
なだらかで美しいシルエットを描いている。
こんな稜線をのんびり歩くのは、きっと気持ちがいいに違いない。
地図を見て初めて知ったが、この一帯は「越後山脈」と呼ばれているらしい。
米子頭山を経て、谷川連峰の朝日岳へとつながっているという。

いま歩いてきた井戸尾根を見下ろす。
あらためて見ると、地味に急登だった。
・・・いや、過去形にするのはまだ早い。
この先も登りは続くのだ。
(つづく)

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