
巻機山避難小屋の1階奥に、棚があった。
そこにはガスカートリッジや紙パックの焼酎、ティッシュなど、いろいろなものが並んでいる。さすがに「ご自由にどうぞ」ではないだろうから、この小屋を管理している方々の私物なのだろう。
それにしても、蓋を締めて鍵をかけていないあたりが実におおらかだ。

棚の上には、思い出ノートやチラシが置かれていた。
チラシは、なぜか常磐自動車道のパーキングエリア・サービスエリア紹介記事。いやここ、新潟県なのに。
棚の隣には非常用バッテリーや無線の説明掲示があったが、正直よく見ていない。完全に浮足立っていて、小屋の中をじっくり観察する余裕がなかったのだろう。
翌朝の出発まで12時間以上あったというのに。けれど、山小屋泊やテント泊というのはだいたいそんなものだ。時間があるようで、まったく足りない。
でも、その浮足立った感じこそ、楽しんでいる証拠。良い兆候だ。

浮足立つ要素は、まだある。
屋内トイレに行ってみる。
寝床のすぐ横がトイレ。びっくりだろ?まるで貸別荘だ。
水が潤沢でない山小屋では、通常トイレは外にある。匂いや虫の問題があるからだ。
なかには水洗ではないが屋内に設けている小屋もあり、その場合は小屋全体がほのかにトイレの匂いに包まれていることもある。
だが、この巻機山避難小屋は違った。匂いが、まったくしない。
水洗でもバイオトイレでもないのに、である。
シーズン初期で利用者が少ないという理由もあるだろうが、それにしても驚くほど清潔だった。

そして中を見て、さらに驚いた。
男性用便器の奥に、自転車が設置されているのだ。これがこの小屋の名物。
座って用を足す便器もあり、トイレットペーパーも完備。
ただし紙は流してはいけない。
では、この自転車は何なのか?
貼り紙を読むと、こう書かれていた。

【バイオトイレの使い方】
トイレットペーパーを持ち帰る準備をした後、ペダルを〘前へ20回、後ろへ10回〙漕いでください(微生物が活性化し、汚物を分解します)
あっ、バイオトイレだったのか。
バイオトイレといえば電力でヒーターを動かすイメージだったが、ここは完全人力。
「前へ20回、後ろへ10回」という妙に具体的なレシピが、なんとも面白い。
せっかくだから微生物活性化に貢献しようと、10セットほど漕いでおいた。ペダルは軽く、するすると回った。

トイレの壁には、ガッチリとした清掃マニュアルが貼られていた。
水を汲むところから作業が始まり、その後に自転車を10〜15分回すという手順だ。
いきなりブラシでこすらず、まず攪拌する。このプロセスが、このトイレの肝らしい。
そのおかげか、匂いも汚れもなく非常に清潔。男性用便器のまわりにありがちな染み一つない。
僕も汚さないよう、丁寧に使おうと思った。

当然ながら、トイレットペーパーや生理用品を便器に捨ててはいけない。山では常識だ。
張り紙をざっと読んで終わらせるつもりだったが、最後の一文で手が止まった。
「備え付けのビニール袋でお持ち帰りください」
・・・備え付け?

あった。本当に備え付けてある。なんて丁寧なんだ。
協力金を求められる小屋とはいえ、この清潔さと気配りは過剰なほどだ。
性善説どころか、人の良さがにじみ出ている。
この優しい空間を裏切らないよう、一人の利用者として丁寧に一晩を過ごそうと思った。

二階へ上がる階段がある。登ってみる。
ほとんどハシゴといっていいほどの急勾配。
「深夜に誰か入ってきたら怖いし、二階に寝ようか」と思ったが、一度登っただけでその気が失せた。
両手に道具を持ってここを通るのは無理だ。三点確保が必要なレベル。

階段を上り切ると、二階。
ただ、外壁にこの入口へ通じるハシゴは見当たらない。
どうやって上がるのだろう?と思い出す。そういえば、一階の天井から大きなハシゴが吊るされていた。
雪の季節には、それを外へ出して二階入口に設置するのだろう。

屋根裏のような閉塞感はなく、窓からの光で意外と明るい。
天井も低すぎず、頭をぶつけることもない。
ここには冬期用の出入り口が備わっていた。
冬には雪で1階が埋もれるため、出入りは2階から行うというわけだ。
(つづく)

コメント