
06:20
巻機山山頂付近を眺めながら、木道歩きが続く。
巻機山の山頂は、バーンと突き出たようなわかりやすい形ではない。しかも、山頂標識のある場所が本当の山頂ではなく、さらに奥にあるケルンの位置こそが真の山頂だという。なんとも紛らわしい。
もっとも、昔の人にとって「どこがいちばん高いか」は、さほど重要ではなかったのかもしれない。「このあたりが山頂でいいじゃないか」と思っていた可能性もある。
そう思えば、ピークハントに必死な自分が少し滑稽に見えてくる。

割引(わりめき)岳を正面に見ながら歩く。
三角形のピラミッドのような山容が見事だ。なだらかな巻機山のすぐ隣とは思えないほどの鋭さがある。
距離も近い。巻機山を登頂したあとは、下山ついでにあの山にも立ち寄りたい。これだけ堂々とした姿を昨日から見せつけられては、登らずに帰るのは惜しい。

06:21
木道の脇に池塘が見える。「織姫の池」という名前がついているらしい。
巻機山には、山頂で機織りをする天女の伝説がある。そのため、ここも「織姫の池」と呼ばれるようになったのだろう。
七夕の織姫・彦星とは関係がない。むしろ「鶴の恩返し」のほうが近い…いや、全然近くないか。鶴は隠れて機を織っていたのだから。
それにしても、なぜ山の上で機を織る人の話が生まれたのだろう。どう考えてもあり得ない話だ。

池の脇には、ミズバショウが白い花を咲かせていた。
山でミズバショウを見るのは初めてだったので、「これか!」と素直に感動した。
僕の知っているミズバショウは、公害の文脈で出てきたものだ。尾瀬が有名になりすぎて観光客が押し寄せ、湿原が富栄養化してミズバショウが巨大化した――そんな話を学校の教科書で読んだ記憶がある。
それともう一つ、小学校の音楽の授業。「夏が来れば思い出す」で始まる唱歌だ。あの歌でミズバショウという言葉を初めて知った。
つまり僕にとってミズバショウは「教科書と歌の中の植物」だった。その花が今、目の前にある。その瞬間、過去の記憶と今がきれいに結びついた気がした。
あとは、いつか「アイアイ」というお猿さんに出会えれば、もう思い残すことはない。

織姫の池を通過してから振り返る。
どうして尾根の上に、こんなふうに池塘ができるのか不思議だ。
池があるということは、ここだけ水平なのだろう。斜面なら水はとどまらない。
せっかくなら避難小屋をこの池塘のそばに建てればよかったのに、と思う。水平なのだから。
ただ、吹きさらしの尾根では冬の風雪に耐えるのが難しかったのだろう。その結果、今のように樹林帯ぎりぎりの位置に小屋が建てられたのかもしれない。

06:31
前方にうっすらとロープが見える。
今の登山道と直角に交わっているので、どうやらあそこが尾根道の終点らしい。山頂まで、もうひと踏ん張りだ。

06:33
たどり着いた場所は、休憩にちょうどよい広場だった。
地図では「御機屋」とある。ずっと「ごきや」と読むのだと思っていたが、調べてみたら「おはたや」と読むらしい。知らなかった。
いくつか看板が立っている。その一つに「巻機山頂」とあった。これが例の紛らわしい標識か。
「1,967メートル」とも書かれているが、実際の標高は1,931メートルだ。
さらに右は牛ヶ岳、左は割引岳と書いてある。つまり「巻機山はここまで」と宣言しているようなものだ。
なぜここにそんな標識を建てたのか、謎だ。
もちろん僕は、真の1,967メートルを目指して牛ヶ岳方面へ進む。

ニセ巻機、避難小屋、織姫の池を一望できる景色。
なんてぇ絶景なんだ。
この山は演出がうまい。井戸尾根を登り詰め、疲労困憊でニセ巻機を越えたその瞬間に、この景色が現れる。強烈なカタルシスを与えてくれる山なんて、そうそうない。

牛ヶ岳方面へ進路を東にとる。
この一帯をまとめて巻機山山頂と呼ぶらしく、もはや急登はない。いわば、ご褒美タイムだ。
ちなみに、さきほどから名前が出ている「牛ヶ岳」は、巻機山三角点からおよそ20分の場所にある。巻機山と同じく穏やかな山容で、特別に眺望が優れているわけではない。
それでも多くの登山者が牛ヶ岳にも足を延ばすのは、この巻機山から牛ヶ岳にかけて広がる、なだらかで美しい稜線歩きを味わうためだ。まさに絶景のトレイル。
当初は日帰りで登る予定だった。だが、僕の脚力では牛ヶ岳まで往復すると40分近く余計にかかる。さすがにきつい、と諦めていた。
けれど今回は避難小屋泊。時間の心配はなく、心ゆくまで牛ヶ岳まで歩ける。しかも誰ひとりいない静かな道を、自分の足で切り開いていく。その爽快さといったらない。

御機屋から巻機山山頂までの間に、「笑う池塘」と呼ばれる場所があると聞いていた。地図には位置が書かれていないので、注意深く歩いていたら・・・あれか?

06:41
これだ。
一度通り過ぎてから振り返ると、そこに笑ゥせぇるすまんのような顔が浮かんでいた。なるほど、これが「笑う池塘」か。確かにそう見える。
記念写真で、笑う自分自身と笑う池塘を並べて撮影してみた。すると、僕のほうが醜くなってしまい、残念な写真になっってしまった。ここでは掲載はしない。
(つづく)

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