
15:20
おーい、見ろよ。
米子頭山へと続く稜線が、いつの間にか自分の視線と同じ高さ・・・いや、場所によっては下に見えるようになってきた。
登山をしている人ならわかると思うが、こういう瞬間には妙なカタルシスがある。受験勉強で、模試の判定がひとつ上がったときのような、あの小さな快感。
それにしても、なんと美しい稜線だろう。
あそこを歩けたら、きっと気分がいいに違いない・・・としばらく眺めていた。
だが、あとで登山地図を見て驚いた。「難路」とある。
ヤマレコの情報によれば、どうやら道迷いが多いらしい。
ぱっと見は穏やかそうだが、実際にはアップダウンを何度も繰り返す長丁場で、水場も避難小屋もない。
人が少ないから道が荒れる、道が荒れるからさらに人が減る・・・そんな悪循環に陥っている道なのだろう。
ちなみにヤマレコで見るコースタイムは、巻機山山頂から最寄りの避難小屋まで11時間36分。
これはもう、トレラン勢の領域だ。
現実的には山頂手前の避難小屋を起点にすることになるが、それでも12時間超え。
僕の脚では、到底無理だ。

15:20
木々がほとんど消え、笹もハイマツも姿を消した。
まるで植物が「もうすぐギブアップ!」と叫んだような光景だ。
息は上がりっぱなしだが、この非日常感がたまらない。

それにしても・・・この登りだ。
角度だけ見れば、オフィスビルの非常階段よりきつい。
しかも踊り場なんてない。ひたすら、ただひたすら登り続けるしかない。
前方に広がる青空が、唯一の救い。
暑いけれど、天気が良くて本当に良かった。
これがもし曇天だったら、ただの罰ゲーム登山になっていたと思う。

15:24
これまでニセ巻機の陰に隠れていた山々が、ようやく姿を見せはじめた。
さほど遠くないところに、おだやかな稜線が横たわっている。どうやらあれが巻機山らしい。
山頂らしい突起はなく、広々とした高原のような山容。これだけ見ると迫力に欠けるようにも思えるが、ここまで息を切らせて登ってきた先で、その雄大な姿がふいに現れる構成がじつにいい。
とくに、「ただ登って登って、ようやく山頂に着く」という単純な道筋ではなく、ニセ巻機という“偽物”の存在によって、本峰を一歩引いた視点から眺められるのがこの山の妙だ。

15:27
前方に、鋭いトンガリが見えてきた。割引岳だ。
割引岳が「横」にではなく「正面」に、しかもあまり標高差を感じさせない位置に見えるということは、目的地の巻機山避難小屋が近い証拠だ。

15:28
不自然に立つ棒が見えた。
ここか、ニセ巻機。

ニセ巻機から望む巻機山。
写真の正面が山頂付近だ。谷を左から大きく回り込む登山道が見える。
この「ニセ巻機」のせいで、せっかく稼いだ標高をまた下げて登り返す羽目になる・・・と思いきや、実際はせいぜい50メートルほど下がるだけ。ありがたい誤算だ。
周囲にはまだ溶けきらない雪が点々と残る。日当たりの悪い沢筋ならともかく、開けた場所にも雪が残っているのを見ると、ほんの少し時期が早ければ登山道にも残雪があったかもしれない。

ようやく道が平坦になった。疲れた。

「九合目」と「ニセ巻機山」の標識が並んで立っている。標高1,861メートル。
「ニセ巻機山」は通称で、正式には「前巻機山」なのだろう。それでも律儀に「ニセ巻機山」と書かれた標識を立てているのが、どこかユーモラスだ。

15:32
ここからようやく下りになる。
多くの山はアップダウンを繰り返しながら高度を稼ぐが、このルートはほとんどが登り一辺倒。平坦な区間もほとんどなく、かなり骨の折れる登りだった。

ニセ巻機山の標識前で記念撮影。
谷川岳方面に広がる雲海を背景に、ひと息。
とはいえ、モスキートネットは外せない。試しに外して撮ってみたが、セルフタイマーが動作しているわずか数秒のあいだに虫が群がってきて、笑顔どころではなかった。
なんでこんなに虫が多いんだ。適正な数という概念が存在しないのか、こいつらは。
(つづく)

コメント