
巻機山避難小屋の周辺をあちこち歩き回った結果、一番「水場っぽい」場所は、やはりここだった。
湧水なんかじゃない。雪解け水だ。
雪だけでなく、何が溶け込んでいるのかわからない、いわば謎の水。
しかも季節は夏へ向かう途中。気温が上がるにつれて、1週間後、2週間後にはこの水場の位置も変わってしまうかもしれない。

水のクオリティには警戒が必要だが、その冷たさは特筆すべきレベルだ。なにせ、雪が溶けたばかりの水。雪の無念さがにじみ出ている。「まだ雪でいたかった・・・」という怨念がこもった冷水だ。
ありがたいことに、下界からノンアルコールビールを担ぎ上げていた。今晩の晩酌用・・・というか、夜の暇つぶし用だ。まさか雪解け水で冷やせるとは思っていなかったので、これはうれしい誤算。ぬるくても飲まないよりマシ、くらいに考えていたのに。
登山中、「小屋の周辺に水場はあるだろうか?」と気を揉んでいたけれど、実はそれほど深刻ではなかった理由がこれだ。ハイドレーションに2リットルの水、そしてノンアルコールビール830ml。最悪、これで下山までしのげる。
さらに言うと、缶のエナジードリンクまで持っている。怖いものなしだ。
どうりで今日の登りがキツかったわけだ。水分だけで3キロ以上を担いでいる計算になる。

17:00
小屋前に戻る。
なんとも美しい景色だ。
正面には巻機山の山頂。視界の隅々まで人の気配がない。まさに独り占め。
結局この日は誰も避難小屋を訪れず、僕ひとりで巻機山に抱かれながら夜を過ごすことになった。

ベンチに腰を下ろし、カメラを構える。
ガスが晴れるのを待つが、なかなか晴れない。

むしろ増えてしまった。
今日はもう、これ以上の景色に期待するのは無理そうだ。
とはいえ、小屋の中にこもるのはつまらない。できるだけ外で過ごそう。
僕はいつもそうだ。山小屋に泊まるとき、「外にいないと損した気分になる」ので、つい長居してしまう。屋内にいると、下界と大して変わらない気がするのだ。

17:23
そんなとき助かるのが、ノンアルコールビールだ。
雪解け水でしっかり冷えたので、いよいよ開けることにした。
この景色さえあればツマミなんていらない・・・と言いたいところだが、どれだけ飲んでも酔わないし、テンションが上がらないのがノンアルコールビールの難点。やはりツマミが必要だ。
というわけで、越後湯沢駅の「ぽん酒館」で買った「えび黒胡椒」と「缶つま さば」を開ける。

巻機山避難小屋の前で、ひとり乾杯。
世間的にノンアルコールビールといえば、「運転中など仕方なく飲むもの」という扱いが多い。要するに、代用品。
飲食店では小瓶のオールフリーが高値で出てきて、いつもがっかりする。違うんだ、僕は安くガブガブ飲みたいんだ。
だからこそ、今回持参したのは500ml缶。ガブガブ飲めるのがうれしい。とはいえ、そんな人は少数派らしく、コンビニやスーパーでは500mlのロング缶をあまり見かけない。残念だ。
豪快にグイッと飲みたいところだが、
(1)標高が高く、缶を開けた瞬間に泡が暴発する
(2)モスキートネットを外せない
という理由で、かなりしょぼい乾杯になった。

夕方になって虫がさらに増えた。僕が動かないせいもあるが、これまでの人生で一番多くの虫に取り囲まれている気がする。
写真にも、僕の顔の周りを飛び回る黄色っぽい虫が何匹も写り込んでいる。
とてもじゃないが、ネットをめくる気にはなれない。
そのため、ネットの下から缶を押し込み、そっと飲むしかなかった。
困るのは、缶の残量が減るにつれて角度が水平になり、ネットがたくし上がってくること。そうなると、虫の猛攻を受けてしまう。
冗談のようだが、ストローを持ってくれば良かった・・・と本気で思った。

汲んできた水を煮沸消毒する。
こういうとき、ジェットボイルは本当に頼もしい。あっという間に沸く。
ただし、標高が高いので、グツグツ泡立っても実際には100度に達していない。どのくらい煮沸すれば安全なのか、感覚では判断できない。
ネットで調べようにも、ドコモの電波はほぼ入らなかった。ショートメッセージ程度なら送れたが、ブラウジングは不可能だったはずだ。

沸かしたお湯を確認。
幸い、濁りはない。水はきれいだ。これなら冷ませば飲めそう。
・・・ん?冷ませば?どこで?
次々とお湯を沸かして、明日の分を確保しておきたいのだが、熱湯を逃がす場所がない。
そうか、ハイドレーションに熱湯は注げないんだった。
お湯を一時的に逃がす「逃げ場」がないと、飲料水の大量生産ができない。今さらながら気づいた。
とりあえず、コーヒーを入れていた水筒に一陣目を退避させ、第二陣を沸かす。ところがこの水筒、保温性が高すぎてなかなか冷めない。まいったな。
(つづく)

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