ハタケ仕事と山登り【羊蹄山】

毎回、ホテルのビュッフェ会場に行くときは心がいろいろ動く。

ざっくりと自分の気持ちを表現するなら、「ウキウキしている」と要約できると思う。しかし、子供のようにはしゃいでいるわけではなく、「さあて、しこたま食べるぞ!」と意気込んでいるわけでもない。

たくさん食べたら、食べたぶんだけ太る。そして、食べれば食べるだけお腹が苦しくなる。なので、若干冷めた気持ちがあるのも事実だ。そしてその「冷めている自分を悔しく思い、気持ちを奮い立たせようとしている自分」もいる。

とにかく、ビュッフェを前に、自分を俯瞰する自分、そしてその自分をさらに俯瞰する自分という合わせ鏡のようなメタ構造が展開され、僕の心は乱れるのだった。

で、結局、修行僧のごとく無の境地に達し、神妙な顔でビュッフェ会場に向かうことになる。

「できるだけ全種類食べよう!」とか、「数時間前からお腹をすかせておこう!」とか、「座る席はできるだけ料理が並んでいる場所から近いほうがいい!」といった作戦は一切なしだ。一旦は考えるのだけど、途中で面倒くさくなって、考えるだけ無駄だと悟り、何も考えなくなる。

40歳を超えたおじさんというのは、こういう心構えになるのだな。「子供の心を持ち続けたいと思いつつも、ひたひたと迫りくる老い(良い言い方をすれば『成熟』)の境地からは逃れられない」という心のはざまで若干ふわっと無重力感を覚える。

たぶん仲間と一緒なら、「どんな飯があるかねえ」「北海道だから、ちゃんちゃん焼きなんてあるんじゃないか?」「いいねえ」なんて会話をしていると思う。しかし今日は僕一人。ビュッフェに対してどうテンションを上げていけばよいのか、ちょっと悩ましい。

これがお酒を飲む人ならば、自分の中で今晩はどうお酒と対峙するのかという観点で料理を組み立てることができる。最初の一杯をビールにして、二杯目は地酒で、三杯目は・・・という気分の場合、じゃあ一杯目は北海道名物のザンギなんてあるといいよね、とかきたあかりのフライドポテトとか素敵だよな、なんて考えられる。

「お酒を飲んでいたけど、飲まなくなった」僕の場合、こういうとき若干の空虚感を覚える。「いきなりご飯じゃあねえ。白米のおかず、かぁ。。。」と考え込んでしまう。なにせ、一人暮らしを初めて日々のメニュー選択の自由を得たときから、傍らにはお酒があったから。

席には、赤い「食事中」札と、それをひっくり返した青い「空席」札がある。料理を取りに行っている間に他のお客さんに席を取られないようにするためだ。

ドリンクメニュー。

ビール中ジョッキで670円、グラスワインが670円。居酒屋じゃないので、それなりに値段はする。

「おやっ」と思ったのが、ソフトドリンクも有料だったことだ。烏龍茶などが330円。てっきり、ソフトドリンクバーがあるものだと思っていたのだけれど。

でも別に甘いジュースを飲みながら料理を食べたいとは思わないので、水で十分だ。ノンアルコールビールは置いていないようだし。

ビュッフェであれこれ料理を食べると、必ず水分摂取量が増える。なにせ、塩分を多く摂ることになるからだ。喉が渇くから、ぐいぐい水を飲んで中和したくなる。

さすがプリンスホテルのビュッフェだぜ。並んでいる料理のグレード、演出が違う。

ヒュウ、せいろから湯気が吹いてやがるぜ。

シェフが炭火焼きステーキを焼いていたりする。おおお、これは俄然テンションが上ってきた。さっきまで「悟りの境地」とか感じながら長い廊下を歩いてきたけど、ここは俗と欲にまみれたパラダイスやんけ!解脱した先には極楽が待っていたんや!!

ビュッフェにおいて、カニに激しく欲情する人は多いが、僕はカニを面倒だと感じるのでさほど欲情しない。でも、ステーキは話は別だ、これはすごい。

ただ悲しいかな、僕の性格上、「ビュッフェの料理はできるだけ多くの種類を食べたい」と思うんだよな。コンプリート欲求が強くて。そのせいで、こういう目玉料理があっても、その他ありきたりな料理同様の量しか確保しない・できない。

博愛主義とも言える。さすが俺、悟りを開いた人間ならではの対応だ。

悟っているかどうかはともかく、ステーキを焼いているすぐ目の前に「牛すじ入りハヤシライス」なんてのが置いてあるんだぜ!?思わず「ずるい!」と叫んだね、僕ぁ。

だって、ステーキをたくさん食べたいのに、牛すじ入りのハヤシライスも食べたくなるじゃん?ハヤシライスなんて食べたら、すぐにお腹いっぱいになるじゃん?

じゃんじゃん、うるさいよ。でも、誰かに僕のこの葛藤を語りたいし、「そうだね、全くそう思うよ」と言われたい。

「まいったなあ」と言いながら、トレイを持ちつつソワソワする。

ビュフェの料理いろいろ。

いちいち料理を盛っているトレイが大げさだ。装飾たっぷり。

左のせいろが「豚バラ塩蒸し」、右のせいろが「海老入り花餃子」。さあ、あなたなら左右どちらを選ぶ?

僕は両方選びます。

できることなら全メニューを我がトレイの上に一同に集わせたい、と願っている僕だけど、さすがに限界がある。そういうとき、ボロボロとこぼれ落ちていくのが漬物や佃煮、そして野菜系の料理だ。

野菜を食べないというわけではないけれど、「姫きゅうり漬け」とか「かぼちゃの漬物」というのを積極的に取りに行くかというと、それはちょっと優先順位を下げざるをえない。せめて野菜をとるなら、派手な中華料理のほうでとりたい。和食は地味なので、列強揃いのビュッフェでは不利だ。

ステーキを焼いている職人さんがいるぞ!と心拍数が上がったのだけど、これもテンション上がったなあ、天ぷら職人さんがいる!

揚げたての天ぷらが並べられていて、こいつァ嬉しい演出だ。むしろステーキよりも嬉しいかもしれない。数多ある料理に等しく愛情を注ぎたいけれど、揚げたて天ぷらならば偏愛してもいい。結局僕はここで天ぷらをおかわりすることになった。

スパゲティミートソース。

どんなに極上のミートソースだとしても、これでお腹をふくらませるのはちょっと残念だ。ここは控えめに。味見程度で。

ビュッフェの写真を撮るのは大変だ。

もちろん人が写り込むのは肖像権の関係で避けたいし、そもそも記録写真としての見栄えもよくない。しかし人は料理に群がっているので、すっと人の気配がなくなったところで写真を一発勝負で撮ることになる。後で見返すとブレていて失敗した写真も数多い。

そして、そういう盗撮のような撮影をしていても変質者扱いされないように、さりげない立ち居振る舞いが求められる。客観的に見るとどうやってもキモいかもしれないけれど、少なくとも自らの心構えとしては、さりげなくあろうと思って行動している。

人がいなくて空いているときでも、料理に近づいてみると料理が雑然としていて撮影に耐えられない時がある。理想は、スタッフさんが料理を新しく補充した瞬間なんだけど、そんな瞬間を狙って待ち構えているほど僕は拘わってられないので、適当に写真を撮っている。

酢豚、わざわざステンレスの鼎にお湯を張り、その中に白いお皿に盛られている。直火で下から炙るととろみのある部分が焦げるから、わざわざ湯煎にしたのだろう。こういうところも手が混んでる。

酢豚なんて、珍しくないしわざわざビュッフェで取らなくてもねえ、と思いつつも、こういうところで酢豚食べると案外いいもんですよ。酸味がシュッと我が身を引き締めてくれるんですよ。

執拗に料理写真を撮っていると、「一体自分は何をやっているのか」とだんだん疑問に思えてくる。いつもそうだ。

毎回、「次からは記録写真を撮るのはやめよう」と思うんだけど、次のときはすっかり忘れてしまう。そして、目の前にずらりと並んだ料理に大興奮し、「この喜びと驚きを写真として記録に残しておかないと!」とカメラを構えるのだった。

まあ、それだけ僕はご満悦である、ということだ。それ以上でもそれ以下でもない。同業他社のスパイ行為なんて100年早い。

デザートもいろいろあるから、ダメ押しのようなものだ。甘いものは別腹、というのを実証させようとしてるぜ。

敷き詰められた氷の上に並べられたフルーツ。

そういえば僕、フルーツって全然食べないな。今回も、まったく手をつけなかったと思う。料理には執着するのに。

アイスクリームは6種類!

いや、さすがにこれを全種類はやらないぞ?どれか1種類食べたら、「アイスクリームを食べました」と自分自身納得する、と、思う。たぶん。おそらく。

そんなわけで鼻息荒く、獲得してきた料理たち。

よせばいいのにご飯がしっかりとお茶碗に盛られている。だって栗ご飯が用意されているなんて、完全に不意打ちですよもう。白米ならば「まあ、おかずの塩辛さを中和する程度に、ちょこっとでいいや」と思うだろう。でも栗ご飯なら、食べちゃいますよねえ刑事さん。

他にも、嬉しくなってしまってどう見ても撮りすぎた天ぷら、そしてお刺身も。

青い小鉢が4つ並んでいるけど、これは僕が多様する作戦だ。大皿に料理を盛っていくと、汁気が隣の料理に移ってしまったり、料理が混ざってしまう。それを防ぐために、空の小鉢を用意して、そこに料理をちょこちょこと詰めていく。松花堂弁当のように。

先程のトレイはあくまでも第一陣、ということで、食べ終わったら第二陣ですよもう。

予告どおり天ぷらのおかわりをしただけでなく、ハヤシライスを結構な量とってしまったし、よせばいいのにスパゲティミートソースも小鉢にみっちりと確保(青い小鉢右下)。

ミートソースをこれだけとってしまったのは完全に我が不徳の致すところ。まだまだ修行が足りない。取らなくてもいい、とわかってはいたのだけれど、つい。粉チーズがおなじみの筒状容器に入っているのではなく、お皿に山盛りになっていて、スプーンですくって振りかけるというスタイルだったので目を奪われてしまった。粉チーズ、バサッとかけたくなるでしょ?男のロマンだよな、粉チーズ山盛りって。

なんでこの場面においてそうめんを食べているのか、自分でも疑問に思いつつも食べる。スパゲティを食べつつ、ハヤシライスを間にはさみつつ、汁気補充を兼ねてそうめんをすする。なんだこれは、血糖値を刺激してやまない食事だな。

そして駄目押しでデザートだもの。

ちょうど「その気になればケーキって全種類取れちゃうんじゃないか?」と思えるサイズと種類だったので、つい。

「つい」と「不徳の致すところ」の集合体がこれ。

さすがに食べすぎて、お腹が痛くなった。胃袋はまだまだふくらもうとするのだけれど、お腹の皮と腹筋がそれに対応できなくて苦しんでいる状況。「胃がはちきれんばかりに食べた」という比喩表現があるけれど、いやまじでそう。

背筋をシャンと伸ばすと、腹の皮が引っ張られる。そうすると胃袋が圧迫され、苦しくなってしまう。だから、まるでお年寄りのように腰を曲げて、腹の皮をできるだけたるませながらよちよち歩きで食堂をあとにした。

何をやってるんだ、今日は朝から健やかに登山のハズだったのに、朝から晩まで食べまくってるじゃないか。

掲示板に、「グルメバイキング」の案内ポスターが貼ってあった。どうやら僕がさっき食べたのがグルメバイキングらしいけれど、宿泊客には4,100円で提供しているのだという。ええ、そんなに高いバイキングだったのか。道理で豪勢だったわけだ。

元を取ったとか取らないとか野暮なことはいいっこなしだ。一つ言えることは、今僕はとても苦しい。

(つづく)



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