細かいゴミや不良豆を除去したあと、専務は豆を全部ケースに移した。さあこれからロースターに投入だ、と思ったら、おもむろにロースター脇の床にあるふたをカパと開け、そこに豆をざざざっと投入してしまった。あれれ、何をしてるんですか。「これ、全部不良豆だったんですよ。使えないので捨てます」とか言い出したらどうしよう。なんというストイックさなんだ!と驚けばいいのか。
あっけにとられていたら、床の穴にぶちまけられた豆は音を立ててどんどん機械的に吸い込まれていった。あれれ、これはどこへ行くの。
「ここを通って、ロースターの上に運ばれるんです」
専務が説明してくれる。指差している先は、床の穴の脇にある煙突のような柱。どうやら、ここにベルトコンベヤが仕込まれていて、ロースターの上に豆を運び上げているらしい。
高く持ち上げられた生豆は、ロースターのホッパーにざらざらと音を立てて流し込まれていた。はあなるほど、こういうところも機械化されているんだな。
バケツで10キロずつくらい運び上げてもいいのだろうけど、なにせ巨大なロースターだ、ホッパーのところまで運び上げるのがしんどい。しかもこのお店の場合、大量の焙煎をやっているだろうから、いちいち豆を上へ下へと運ぶのは大変だ。生豆運搬装置(名称適当)を設置するのはそれなりのお金がかかっただろうが、省力化できるならできるだけやっておきたい、ということなんだろう。
ロースターに火を入れる専務。ロースターの中には、大量の固形燃料・・・じゃないなこれは。青いのは、ガスの炎だ。
「ガスなんですね?電気じゃなくて」
いまどきなら、わざわざガスを使わなくても、電熱ヒーターでやるという手もあるのではないかと思ったから、聞いてみた。すると、ガスのほうが微妙な火力調整ができるので電気よりも優れている、ということだった。
専務は解説の口を休めずに、それでも火と、温度計とを見比べつつ微妙に火力を調整し、時にはロースターの中の豆を取り出し色付きを確認し、豆を仕上げていっていた。さすがプロ、手際がとても良い。
このお店は「W焙煎」という焙煎方法をとっているそうだ。「から揚げは、二度揚げするとカリッと仕上がってうまい」というのと一緒。珈琲豆も、一回目の焙煎で豆に火を通し、そのあともう一度焙煎しなおすことで微妙な風味の調整を行うことで味が格段に向上するのだという。
ローストが終わったと専務が見極めるやいなや、豆が一気に釜から冷却箱に落とされた。ざらざらざら・・・という感じではない。急げ!一秒たりとも惜しい!とばかりに、ざざっ!と大量の豆が落ちる。工事現場のようだ。
で、攪拌するフィンが回転し、冷却箱の底の細かい穴から空気が吸い上げられはじめた。かなりやかましい音を立てている。ものすごい必死感が機械から漂ってくるのだが、おそらくゆっくりと冷却していったら、豆が含んだ熱のせいで想定していたものより強いローストになってしまうからなのだろう。釜から出したからには、即座に冷まして豆を黙らせる、というのがコツらしい。
しばらくぐるぐる攪拌していたら、あっという間に豆の粗熱が取れたようだ。巨大な冷却箱なので、冷すとなると一気だ。
「出来立ての臭いをかいでみますか?」
と水を向けられたので、冷却箱に鼻を近づけてみる。
「うわあ!焙煎したてなのでものすごく芳醇な香りがしますね!」
とか言おうと瞬時に自分の「立ち居振る舞い」を想定し身構えたのだけど、いざにおってみるとまったく臭いがしない。
「あれ?・・・におわないですね、思ったより」
自分の鼻が馬鹿になったのかと思ってしかめっ面をしたら、専務いわくそれでよいのだという。焙煎したての今は、豆が二酸化炭素を大量に放出している状態であり、珈琲そのものの臭いはまだ弱いんだそうだ。そういえば、珈琲豆というのは焙煎してから3日目くらいがベストの香りなので、きっとそういうことなんだろう。
ここでもう一度、最終的にハンドピックを軽く行って豆は完成。
コメント