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さて、出陣のほら貝がぶおーっと鳴り響き、のっとれ!戦士たちの高ぶる心を揺さぶる。
村山統括軍師の絶好調な「レースにおける注意事項トーク」は、昨年に引き続き今年もショートバージョン。昔と違って歌舞伎者が増えたので、軍師殿の出番が減ってしまったのは残念。でも、お楽しみ抽選会の時は軍師殿の独断場となるので、楽しみは後にとっておこう。
上位を狙う戦士たちは、ジリジリとすでにこの時点でスタートラインの方に動き、身構えている。そもそも、そういう人たちは、「漠然とステージ周辺で開会式を見ている僕ら」と違い、ちゃんともともとの立ち位置を考えている。きっと、入場式の時点で、行列の左側に陣取り、自然とスタートラインに近いところにポジション取りできるようにしているのだろう。
勇者殿、これはしんどい!
モーニングスター風の謎の武器(面倒なので、以降モーニングスターと呼ぶ。たぶん正式名称は違うけど)を、「よいしょ」と抱え上げている。
さっきまでは、「高みの見物ができる!」とうれしそうだったが、ここからは地獄の始まりだ。かなり重たいこの装備を、抱えて山の上まで行こうというのだ。自らを罰しているとしか思えない。一体どんな罪を前世で負ったというのか。
今回は歌舞伎者としてはエントリーしていないので、このモーニングスターをレースに持ち込まなくてもかまわない。会場の片隅に置いておくのが良いと思う。しかし、律儀に持って行こうとしているのだから、やっぱり何かの罰だ、あれは。
・・・とはいえ、会場の片隅にこれを置いていたら、やんちゃ盛りのちびっ子達がオモチャにして、壊したりなくなったりする可能性がある。せっかく作ったものだし、壊れては困るから持ち歩かざるをえないのかもしれない。
空砲が炸裂し、村山統括軍師殿の「かかれーッ!」という声とともにレース開始。
エントリー490名、実際に出走した戦士は457名。そんな大人数が一斉に移動開始だ。この勢力がこのまま松代城ではなく、十日町市役所に突撃すれば、クーデターが起こせてしまうのではないか?という気もする。
越後まつだい冬の陣の会場を出た時点で、すでに先頭集団は視界から消えていた。
後続集団は、狭いレースコースにぎゅーっと密集しているため、自然と歩みが遅くなる。しかし、僕らがいるところは明らかに「走る気がない人たち」だ。
なにしろ、振り返ると自分の背後にいるのはわずか数名。・・・いや、1名だけだ。白衣を着た歌舞伎者の博士、ただ一人。
その後から二人の男性がついてきているけど、赤いはっぴを着ている。大会実行委員の方だ。レース最後尾について、体調を崩して脱落した人を救助したりするのだろう。
さすがに「今回は歩く!」とあらかじめ宣言していた自分だけど、ここまで最後尾だと若干びびる。
雪で覆われた田んぼの中を走る、のっとれ!戦士たち。美しい光景だ。
騎馬止め手前の急斜面をよじ登る戦士たち。
会場からわーっと歓声が聞こえる。新城主候補となる人たちは、今まさにあの騎馬止めを通過しているところなのだろう。僕だったら、あそこに到達するまであと10分以上はかかるだろう。
まだこの時点では騎馬止めが渋滞していないけど、後続になると大渋滞になる。ここでのタイムロスはとても大きいので、レースを有利に進めたい人は、少なくともここまでは全力疾走してくる必要がある。
熱気ある騎馬止めを尻目に、もはや人がまばらになってきている最後尾集団。
重たいモーニングスターを抱えている勇者様よりも後ろを歩いている、というのはどういうことかと思うが、それだけガチで歩いているということだ。
騎馬止めが渋滞を始めている。
浄水施設の建物の奥に、最初の障害である「馬落とし」があるのだけど、ここからは見ることができない。
もうほぼ全ての戦士が馬落としに取り付くか通過したらしく、その手前のコース上は、すでに人がまばらになっている。
馬落としが見えてきた。
「なんだ、案外高くないな」
というのが最初の印象。
実際、そんなに高くはない。大人の男性だと、胸くらいの高さだ。しかし、これが案外絶妙な高さで、上れそうで上れないように作ってある。
これが木とか石でできた段差なら、余裕で乗り越えられるだろう。摩擦があるので、しっかりと手足がグリップするからだ。しかしこれは雪。しかも段差の角が丸まっている。さらに、すでに400人以上が通過した後で、ツルツルに削られている。
勇者殿のモーニングスターは、こういう時に効果てきめんだ。足場ができる。
しかし、モーニングスターを足場にして段の上に上がったら、今度はそれを引っ張り上げないといけなくなる。それはそれで大変だ。うっかりすると、重さのせいでつんのめって、段の上から転落するかもしれない。
結局、勇者様はせっかくのモーニングスターをまず最初に「よいしょ」と段の上に上げたあと、自分は徒手空拳で雪の段差に飛びついていた。
この本末転倒っぷりが本当にかっこいい。
しかし、段を降りるときは、ちゃんとモーニングスターを有効活用していた。
馬落としは、身長が低い人が圧倒的に不利だ。自力でどうにもならない場合もあるので、そうなると見知らぬ人同士声を掛け合い、助け合うことになる。
僕は積極的にここでボランティア活動に従事し、ほぼ全ての人が馬落としを通過するまでここにとどまった。
自衛隊迷彩を着用しているからボランティア、というわけではない。
レース「ほぼ最後尾」にいると、やっぱり罪悪感というか、微妙な気持ちになってくる。それを誤魔化すため、「ほら、僕ってずっと馬落としで人助けをやってたからさぁ」という言い訳が欲しかったのだった。
これで心置きなく、最後尾を進むことができる。
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