上高地、COVID-19の間隙を突いて【徳沢キャンプ2020】

2020年。今年も上高地を目指すことにした。

日本では2020年4月にCOVID-19流行による緊急事態宣言が発令された。不要不急の外出は禁止され、観光産業は大ダメージを受けた。

登山界隈もそうだ。山奥にある山小屋は「宿泊客は畳1枚に最低2人は寝る」などという逸話には事欠かない、お客さんがギュウギュウ詰めで成り立つビジネスモデルで経営を成り立たせている。COVID-19の流行で登山客そのものが減ったし、登山客が山小屋に泊まりたいと言っても、山小屋側はこれまで通りに宿泊させることができなくなった。人を密集させて寝かせると、あっという間に感染が広まってしまうからだ。

都会で感染が広がるのでさえ大変なのに、山の上で発症、発熱を起こしたらもっと大変だ。隔離する場所など山小屋には殆どないし、ヘリコプターを使って下山させなければならない。一体どれだけの手間暇とお金がかかることやら。

そんなわけで、COVID-19が少し落ち着いたら、僕はこれまで数年間お世話になってきた上高地に恩返し訪問をしようと思っていた。これまで、上高地でどれだけ僕は癒やしと救いを得てきたことか。その大事な場所に、少しでも活気を与えたい。そんなことを考えて、2020年9月に上高地行きを計画した。

もちろん、きれい事だけではない。この時点で、来年3月に我が家に子どもが生まれる予定ということは判明していた。来年、再来年は子育てが忙しくて上高地どころじゃなくなりそうだ。なので、今のうちに、というわけだ。

なお、妊娠中の女性は、いわゆる「安定期」と言われる時期であっても流産や突然の体調変化が起きるリスクがある。医療へのアクセスが困難な山奥に旅行に行くというのは本来は良いことではない。その点は予めここで表明しておく。我々の場合、プロの監修に基づいて上高地行きを決め、現地で行動をした。

2020年09月16日(水) 1日目

06:48
「できるだけ、人とはズレた日程で行動したい」と考えている僕は、今回の上高地行きも平日に行くことにした。水曜日からスタートの2泊3日だ。休みの調整は職場と事前にしっかりやっておく必要があるが、上高地に行くならば平日に行くに限る。

というのも、上高地は日本を代表する観光地の一つだ。人が多くて、ゴチャゴチャしていると気持ちの安らぎが得られない。わざわざあんな山奥に行って、大勢のツアー客を見て、疲れて帰ってくるというのはバカバカしい。せっかく行くなら、上司に土下座をしてでも平日の休みをゲットした方がいい。

特に、この時期の僕はとにかく忙しかった。子どもが生まれることがわかったので、買ってからまだ2年しか経っていない今の家を売却し、次の家を探さないといけなくなった。新居探しと、それに伴うお金の工面でずっと電卓を叩いている状況だった。

電卓をいくら叩いても、47歳で子どもが出来ます、これから家を買います、パートナーは13歳年下です、という家族構成に対する正解はわからなかった。資金ショートを起こすのか、それともなんとかうまくいくのか、考えれば考えるほどわからなくなる。試算に「安全係数」をちょっとでも乗っけると、よけいわけがわからなくなる。

旅程初日は、朝7時に新宿駅を出る「特急あずさ1号」に乗車する。

まずは新宿駅のコンコースにある駅弁店で僕らの朝ごはんとなる駅弁を購入する。朝6時台でも駅弁が売られている、という事実に驚かされる。一体この駅弁はいつ作られてどうやって運ばれてきたものだろう?

06:50
特急あずさ1号が待つ、新宿駅9番ホームに向かう。

二人が購入した弁当。

「また鮭はらこ弁当か!」

いしが買った弁当は、鮭はらこ弁当だった。1年前、上高地に行った際も同じものを買ったことをよく覚えている。

「これから山に向かうんだぞ。旅情を考えれば、海のものではなく山のものを食べたほうが気分が盛り上がるだろう?」
「でも、私はこれで盛り上がるんです。静岡出身だから、海のものが好きなんです」

と彼女は言う。いや、静岡だから海産物が好き、というのはあまり関係がないような気がする。それを言ったら、広島出身の僕も海が眼の前にあるところに住んでいた。

そんな旅情にこだわる僕は、「八ヶ岳名物 丸政のチキンカツ」弁当。一度食べてみたかったんだ、これ。

駅弁なのに、シャキシャキした高原野菜(レタス)が入っているという話を聞いたことがある。

しかし、「丸政のチキンカツ」の箱を開封してみて、びっくり。

中に入っていたのは、本当に単なるチキンカツだった。

チキンカツ丼じゃないぞ。チキンカツ単品だ。

申し訳程度に、スパゲティがついている程度。ありゃー。思っていたのと、違った。

慌てて調べてみたら、僕が食べたかったのは弁当業者は同じ丸政の、「高原野菜とカツの弁当」だった。パッケージが似ているので、勘違いしてしまった。

もっと調べてみると、「高原野菜とカツの弁当」が売られているのは小淵沢駅で、午前10時以降ということだった。新宿駅朝7時じゃ、売っていなくて当然だった。

東京だからって天狗になってすいませんでした。東京にいればなんでも手に入る、とおごり昂ぶっていました。

09:45
松本駅到着。改札脇にあるコンビニ、NewDaysはお土産物もの販売が充実しているお店。ちょっと中を覗いていく。なにせこれから山中二泊だ。上高地なら食べるものやお菓子を食べたいと思ったらいくらでも買うことができるが、ついつい買い食い用の買い物をしてしまう。

09:54
へえ?

見慣れない看板が、松本駅改札脇の券売機コーナーにおいてあった。

「上高地線増便実証運行バス 新島々行き アルプス口より出発」と書いてある。

松本から上高地を目指す場合、アルピコ交通上高地線というローカル盲腸鉄道に30分乗車後、終点の新島々駅から上高地行きのバスに乗り換えるこになる。松本から上高地行きの直行バスが出れば便利なのだけどそうしないのは、ローカル鉄道路線を存続させるためなのだろう、と僕は理解している。

で、今回の告知は今僕らがいる松本駅からバスが出ますよ!という告知だった。「ほう!それは便利だ!」と思わず声が出てしまうが、よく見ると行き先は新島々行きだった。アルピコ交通上高地線の代替に過ぎず、結局は上高地にいくために新島々で一回乗り換えが伴うことになる。

この取り組みには「増便実証運行バス」という名前が付けられている。おそらく、COVID-19に伴う緊急事態宣言で観光客が激減し、バスも鉄道も減便せざるをえなかったのだろう。そして一旦感染が落ち着いてきた今、「どの程度観光客が戻ってくるのだろう?」とアルピコ交通は手探りなのだろう。それで、電車を増便する前に便の増減に柔軟性をもたせられるバスで実証実験を行う、ということだと思われる。

本当にバスが松本駅から発車するの?と思いながら松本駅のアルプス口を見てみると、確かに白いバスが停車していた。ああ、あれが新島々行きか。へえ、本当に出るんだな。

はるか彼方に、北アルプスの山々が見える。常念岳は遠くからでもすぐにわかる、美しいシルエットだ。

09:58
新島々行きのバスに乗る。

乗客は僕ら以外、いなかった。

上高地に向かう人が全くいない、というわけではない。いることはいるのだけど、僕ら以外のお客さんは全員バスを使わず、いつも通りの鉄道に向かってしまったからだ。

ちなみに、鉄道なら所要時間が30分、バスなら45分だ。実はバスのほうが余計に時間がかかる。

このため、このバスよりも10分遅く松本駅を出発する鉄道の方が先に新島々駅に到着するという、逆転現象が起きる。

今はCOVID-19に対して非常に警戒している時期だ。

バスの各シートには、「新型コロナウィルス感染予防対策ガイドラインによるお客様へのご理解とお願い」という注意書きが置いてあった。

乗客は乗車中マスクを着用してくれ、というのはそのとおりだと思うが、「荷物の積み下ろしの際、乗務員は手袋を着用し、お客様との直接接触は控えさせて頂きます」と書いてあるのが2020年ならではだ。うっかり人と触ったら伝染る、という人間不信な警戒感が前面に出ている。

(つづく)

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