法事と登山と深夜バス【伯耆大山】

2014年の僕は、全く山とは無縁の生活を送っていた。北海道ハタケ遠足をはじめ、週末に何事か予定が入っていることが多かったし、週末の予定が固まるのが前日だったりするため、山に行く計画が立てられなかったからだ。

登山というのは、事前にしっかりした計画を立ててこそ成り立つものだ。高尾山に登る程度ならいつでも行けるのだろうが、それ以外なら遅くとも数日前には決心し腹をくくり、身支度し、交通機関の時刻を調べないといけない。

やはりマイカーを手放したというのは、「気軽に登山に行く」ということができなくなる大きな要因だった。公共交通機関の時間を調べ、西村京太郎サスペンスばりにあれこれ作戦を練らないといけないからだ。登山口というのは、当たり前だが人里はなれた場所にあることが多く、そんな場所にアクセスする鉄道とかバスはダイヤが薄い。そこをどう「攻略」するかが、登山そのものに次いで大事なことだ。到底、「朝起きたらいい天気だった。暇だし、山に行ってくることにした」とはならない。これがマイカーなら、なんとかなるのだけど。

幸か不幸か、「山に登らないとソワソワする」という性分ではなかったので、日々の公私に気をとられ、山のことはすっかり忘れていた。別に「山に登れず不幸せだった」というわけではない。山がない日々というのも幸せであった。とはいえ、一年間まったく山に登らない、というのはなんとも気持ちが悪いものだ。

そうこうしているうちに、脚力はどんどん下がっていく。「今年山に登ってないのだから、まとめて!二泊三日くらいの縦走計画を!」なんて到底無理だ。日帰りで行って帰ってこられる山でないと、途中で疲れ果てて遭難してしまいそうだ。または熊に食われるか。

昨年、那須岳赤岳に登ったが、体重激やせ直後ということもあってチートモードですいすい山歩きができた。なにせ、15キロくらい短時間で痩せたのだから、体が軽いったらありゃしない。しかし2014年の今、既にその体重はある程度戻りつつあり、ふっくらと脂肪を身にまとった僕に対して既に足が悲鳴を上げていた。今、ガチな山登り危険だ。まずは実績作りでお茶を濁せる山にしないと・・・そうなると、候補がなかなか見つからない。面倒になって結局登山計画は放置されていた。

いかんなぁ、と思っていたら、ちょうど10月の三連休に岡山で法事をやるという話を親から知らされた。岡山か。ならば、そのついでに伯耆大山に登ってくる、というのはありだな、とひらめいた。

伯耆大山。鳥取県に位置する、中国地方最高峰の山にして中国地方唯一の日本百名山だ。標高1,729メートル。独立峰で、海から立ち上がるその雄大な山容は地元民ならずとも愛されている。

日本百名山は作家・深田久弥が個人的にまとめたものなので、公平性はもともとない。中国地方に百名山がひとつしかないのは不当である、と僕の父親などは冗談交じりに憤慨しているが、深田は天狗でも神様でもないので、すべての山を承知していないだろうし地方ごとに思い入れの濃淡はあって仕方がないだろう。

父親に

「じゃあ、中国地方で他に百名山として挙げるとしたらどこがある?」

と聞いてみたら、当時広島に住んでいた父親は胸を張って

「恐羅漢(おそらかん)山とか冠(かんむり)山とか、いくらでもあるだろう」

主張した。広島県における標高No.1とNo.2の山ではあるが、偉大なる中国山地の中に埋没している感は否めない。他県の人は名前すら知らない山だと思う。ちなみに広島県No.1の恐羅漢山は標高が1,346.4メートル。

さすがにこの山を百名山にするのは、広島県人以外は納得しないだろう。現実的には、島根県の三瓶山あたりが中国地方では魅力的な山だが、深田久弥はこの山を知らなかったか、それともあまり評価しなかったのだろう。

伯耆大山は、僕にとっては「近くて遠い山」だ。盆暮れは岡山に滞在している僕なので、JR伯備線の特急やくもに乗っていけば鳥取県に行くのは容易なことだ。帰省ついでに登山!と20年近く構想を暖め続けてきた。

しかし逆に言えば、20年以上実現に至っていない、ということでもある。

というのは、「盆暮れついでに行ける山」という存在なので、そのタイミングでしか登るという発想がないからだ。で、年末年始にこの山には・・・まあ、無理だな、雪に閉ざされている。ならば、お盆ならば・・・シーズン的には適しているのだけど、お盆はお盆で行事が多い。お坊さんがいらっしゃるとか、墓参りとか、家族で食事とか。「死人と坊主なんて知ったこっちゃねぇ!くたばれ家族親族!」といって家を飛び出す勇気があるわけでもなく、お盆はいそいそと仏具の掃除をしたりして過ごす毎年だった。

お盆に長めの夏休みを確保できた場合、するっと日帰りで伯耆大山に行ってくるという手はあった。しかし、岡山から米子まで2時間強、そこからバスで大山登山口である大山寺まで1時間。さらに山頂往復で6時間。つまり、家を出て山を登って、そして家に帰り着くまで14時間とか15時間を必用としてしまう。せっかくの帰省で、早朝出発の深夜帰着ってのはなんだか両親に申し訳がなかった。やっぱり帰省するからには、できるだけ家にいて、食卓を囲んだりするのが親孝行だと考えているからだ。それが、朝から晩まで山登りなんてやっていたら、黒い三連星みたいに「俺を踏み台にしたァ!」と言われそうだ。

それに、母親が「まあー、やめときなさい。大山なんて日帰りで行く山じゃないわよ」とたしなめた。母親は学生時代、遠足で大山に登ったことがあるという。そのときは、大山寺に前泊し、当日は朝3時から懐中電灯を持って登ったのだという。一泊する山であり、日帰りなんて無理ではないか、というのだ。集団登山と単独登山との違いがあるので、「朝3時から懐中電灯片手に」という言葉を自分に当てはめる必要はないが、だとしても「よし、登るぞ!」という決心を鈍らせる話ではあった。

そんな中での、10月体育の日三連休での法事話。法事は三連休の真ん中、11日午後に行うのだという。なので、最悪11日午前までに実家にたどり着いていればいいし、10日中に実家入りできれば、法事当日朝はいろいろ仏壇の準備とかお手伝いだってできる。

よし、伯耆大山に行くか。いよいよ時が来た、って感じだ。

10月10日朝に鳥取入りし、大山に登り、岡山に移動。その翌日に法事を執り行い、さらに実家でもう一泊してから東京に戻る。三連休をフル活用だ。しかも連休明けに疲れを残さず、仕事に支障を出さないという優しいスケジュール。

しかも、何よりもすばらしいのが、法事の日程というのは当然半年以上も前から決まっていたということだ。直前になって思いつきで登山を決め、公共交通機関の予約に四苦八苦するといったことがない。交通機関の予約は随分前から手配できる。理想的な形だった。

さて、その「公共交通機関」だが、東京から大山にアプローチするには主に3つの手段がある。(1)飛行機、(2)サンライズ瀬戸、(3)深夜高速バス「キャメル号」だ。いろいろあるように見えるが、盆暮れの帰省シーズンにもなると、東京界隈に住む鳥取出身者はこの3つの手段に殺到するため、かなりの激戦になる。僕がこれまで、お盆の帰省ついでに大山行き画策しては撃退されたのは、チケットが取れなかったからでもある。

(1)飛行機
朝イチの羽田発の飛行機に乗っていけば、8時過ぎには米子空港に到着できる。
しかし、米子空港から登山口に直通する交通手段はなく、一旦米子駅にバスで出て、そこから大山寺行きのバスに乗り換えないといけない。バスの便数は少ないため、乗り継ぎの時間ロスはかなり大きい。夕食時間までに岡山の実家に到着するためには、米子空港でレンタカーを借りるしかなさそうだ。
航空運賃とレンタカーというコンボで、かなり贅沢なルート選択となる。

(2)サンライズ瀬戸
東京発のJR寝台特急。日本でわずかに残っている寝台特急で、テツ以外でも垂涎の的である乗り物。僕もとても乗りたいが、三連休というタイミングではチケット争奪戦が悲惨・・・というか瞬殺になることが予想された。無理だと思う。
また、朝9時過ぎに米子駅に到着、というスケジュールはちょっと遅い。登山開始が10時半を回り、岡山に帰り着くのが随分遅い時間になってしまう。法事直前でばたついている実家で、のうのうと「登山してきましたー」って玄関をくぐるのははばかられた。却下。

(3)深夜高速バス「キャメル号」
朝7時前に米子駅に到着できるというのは魅力だし、運賃も11,500円と安い。乗車時間10時間。さすが高速バスだ。これに決定。

「いい歳して、まだ深夜高速バスなんかに乗るの?」と言われそうだが、敢えてそういう乗り物を選んでみた。最近の自分はどうもヌルい生活を送っており、もっと逼迫していたり苦しい思いをしなくちゃいかん、と常日頃思っていたところだった。バスの振動と車内の湿気、あまりリクライニングしない座席。高速バスこそ、今自分に欠けているサムシングがあるのではないか、と思ったのだった。高速バスはプロレタリアートの乗り物だ。すなわち革命的だ。革命を遂行せんとするなら、やはり自分は高速バスに乗車するべきなんだろうと思う。って、何の革命をするのか自分でもよくわかっていないのだけど。

松江に出雲蕎麦食べ歩きのため訪れた際も、高速バスだった。山陰地方と高速バスは相性が良いのかもしれない。

そんなわけで、旅行の計画はほぼ固まった。さて、2014年度最初で最後の登山、伯耆大山へいざ。

2014年10月10日(金) 1日目

ホドラー展覧会

18:55
10月9日、金曜日。もちろん仕事がある。僕が勤めている会社は、10月いっぱいまではドレスコードがゆるく、スーツ着用の義務はない。なので、チノパンにシャツといった出で立ちで出社した。ちなみに、「襟がない服(Tシャツなど)」はラフすぎるのでNGだし、くるぶしがでているボトムスやかかとが固定されていないサンダルの着用は禁止になっている。以外と細かい。

スーツを着たまんま、山頂を目指して登山・・・という企画が頭の中をよぎったが、やめた。あからさまに受け狙いっぽくて、「どうです?こんなことをやっている自分って面白いでしょ?」と自己愛の塊っぽくていやだったからだ。でも、そういう「自意識」が自分の行動をあれこれ制約するようになったのって、歳をとった証拠だと思う。おかげでこじんまりとまとまってしまい、はっちゃけていない。いかんなー。

一昔前は、「野球場にいるビールの売り子さんみたいに、生ビールサーバーを背中に背負って、山頂でぐいぐい飲む」ということを真剣に考えていたものだ。でも今はもうそんな考えはみじんもない。できたとしても、「山頂に七輪を持ってあがって、焼肉パーティーをやる」くらいか?

というわけで、仕事帰りでそのままバスに乗って鳥取行き、という点において、服装というのは問題ではなかった。しかし、帰省荷物と登山用品を持参しつつ、なおかつ法事のための荷物まで持ち運ばないといけないのが現実だ。とりあえず登山用の45リットルザックに一通り押し込んでから出勤した。とはいっても、ザックなんて職場においていたら目だってしょうがないし、いろんな人から「おっ、どこへ行くの?」なんて声をかけられてしまう。ザックについては、使われていない大型ロッカーの中にコソコソ隠しておいた。

「キャメル号」は20:30に品川バスターミナルを出発し、20:50に浜松町バスターミナルを経由してから鳥取を目指す。退社時間からバスの時間までしばらく時間があるので、上野の国立西洋美術館で「ホドラー展」を鑑賞した。登山前に、そして深夜バスに痛めつけられる前に美術鑑賞とはなんともおおらかだ。ブルジョアとプロレタリアートの両方を一晩で体験できるというお得感。

トナリでタンカラ

19:38
バスに乗る前に夕ご飯を食べておかないと。

上野駅構内にある、タンメンの店「トナリ」に入る。「タンメン界のラーメン二郎」と呼ばれることもあるくらい、野菜が多く乗っているタンメンが食べられる。この野菜は、ロットごとに中華なべで炒められており、その光景は壮観だ。でかい中華なべいっぱいに、数人前の野菜が入り、それを店員さんが重たそうにガッツンガッツン鍋振りしているからだ。豪快!と手放しで喜ぶよりも、「うわあ、店員さん手首と腰を痛めないだろうか?」と心配になる光景ではある。

このお店は「タンメン」と名乗っているが、よくある塩スープではない。リンガーハットのちゃんぽん的な、白濁してしっかり味のするスープだ(たとえが正しくないかもしれない)。このスープと量が多い野菜とが相まって、かなり食後の満足感が高いラーメンを提供している。そんなわけで、このお店はかなり繁盛している。店舗数が少なかった一昔前は大行列だったが、最近は急速にお店を増やしているようだ。そのため、行列は分散しつつある。

タンメンを食べるのも大変に結構だが、このお店には名物のサイドメニューとして「から揚げ」と「餃子」がある。タンメンだけでも十分な気がするが、揚げたてのから揚げの誘惑に勝てず、ついついから揚げも注文してしまう。ちなみに、タンメンとから揚げを頼むときは、「タンカラ」と略して言う。餃子の場合は、もう言うまでもないですね、「タンギョウ」だ。

こんなに食べて、カロリー高すぎちゃうんか!と思うが、まあいい、明日の朝は登山だ。と、言い訳しておく。でもたぶん、バスに揺られている間に脂汗で顔はテッカテカになるだろうし、パンパンにむくむんだろうな。

上野駅で夕食を済ませたのち、バス乗り場に向かう。

旅情を重んじたい僕としては、ぜひ始発駅から乗車したいものだ。しかし、始発となる品川バスターミナルは、駅からかなり歩いた場所にある。冗談キツいぜ!というくらい遠い。JRバスの新宿バスターミナルが代々木駅に限りなく近く、新宿駅から歩いた人が悲鳴を上げるのに近い。新宿バスターミナルは代々木駅から歩けば問題ないが、品川バスターミナルはひたすら歩くしかない。面倒なので、駅直結の浜松町バスターミナルを利用することにした。

浜松町バスターミナルは、東京モノレールの駅がある世界貿易センタービルの1階にある。モノレールは当然何度も使っているのでこのビルにはなじみが深いが、バスターミナルにはそういえば足を踏み入れたことがない。一体どこ行きのバスが発着しているのだろう?

JR浜松町駅の1階改札を出てそのまま世界貿易センタービルに入り、居酒屋などのテナントがごちゃっと入った廊下を歩く。・・・のだが、バスターミナルにたどり着けなかった。あれっ?バスターミナルはどこだ?

浜松町の世界貿易センター

20:14
改めて外に出て、案内看板にしたがって歩いていくと、バスターミナルに行くには一度二階に上がらないといけないのだという。不思議な作りだ、バス乗り場は一階なのに。不思議がりながら二階を歩いていくと、確かにバスターミナルに通じるエスカレーターを発見した。ここを下っていくらしい。

床の案内看板

20:14
エスカレーターで1階に下りたところに、各方面のバス乗り場の案内が記されてあった。

バス乗り場案内

20:15
お台場や東京ビックサイト方面に向かうバスもここを利用するらしい。それ以外には房総半島方面に強いようだ。いろいろな行き先が混在している。これから乗ろうとしているキャメル号は8番乗り場。