俺の引っ越し2013

ひとまず様子見の日々。

4軒目の物件については、内見してみないことには始まらない。実は結構住みづらい家っぽい気がする。というか恐らく間違いない。でも、「駅徒歩2分」から始まる新しい生活、というのはなんともワクワクさせられた。間取りなんて我慢すればどうとでもなる。心はほとんどこの4軒目で固まっていた。

とはいえ、この物件に全幅の信頼を置くのは危険すぎる。そもそも、不動産屋が本当に連絡してくれるのかどうか、そこからして不安がある。もう少し他の物件も探しておいたほうがいい。幸い、まだ時間はあるのだから。

そんなわけで、ネットの不動産仲介サイトを検索していたところ、なにやら見たことがある物件がヒットした。あれっ、これ、一番最初に目に留まった「理想を絵に描いたような物件」じゃないか。目を疑った。あれは別の人が契約しちゃったんじゃなかったのか?

物件詳細を確認してみたが、住所も部屋番号も一緒だった。何かの理由があって契約に至らず、リリースされてしまったのだろうか?しかし、よく見ると、仲介している不動産屋の名前が前回と異なっていた。・・・今度は別の不動産屋?どういうことだろう、一体。しかもその不動産屋は、物件がある場所とは無縁の、都心のターミナル駅近くにオフィスを構えていた。何でいきなりこんなところが出てきたんだろう。

とにかく、この物件が確保できれば「駅徒歩2分の怪しい物件」なんて目じゃない。どんな事情かしらないが、ここで見つけたが百年目。さっそくその新たな不動産屋に連絡を取ってみることにした。

不動産仲介サイトの問い合わせフォームを通じて、連絡をとってみる。

・・・返事を待つ。

・・・返事を待つ。

数日経っても、返事が返ってこなかった。シカトされてしまったということだ。なんてこった。

「別の不動産屋でつい先日、『この物件は先約が出来たので契約できない』といわれたばかりです。なぜ今こうしてまた物件が出ているのか、そしてなぜ御社が取り扱っているのか教えていただけませんか。興味がある物件なので内見したいのですが、その点がとても気になっています」
みたいな文章を書いたと記憶している。恐らく、これを見て先方の不動産屋から「うぜー」と思われたらしい。

返事がないまましばらく放置されていたが、物件は手付かずのまま仲介サイトに掲載され続けていた。早くしないと、この良物件はさらに別の人に取られてしまう。やや焦りながらも、気を取り直して再度その不動産屋に連絡をとってみた。

「前回メールしたけど無視されました。どういうことですか」

みたいなことは一切触れず、全く新しい客としてしれっと内見予約のメールを送ってみた。

すると、翌日には不動産屋から返事があり、ぜひおこしください、あっち方面は私も詳しいのでおまかせください、と言われた。現金なもんだ。

なお、メールの送り主は女性社員からで、なんかやたらとフレンドリーさが強調された文面で驚いた。不動産屋って、堅い業界だと勝手に思い込んでいたので、「♪」とか「!」が文中に混じるようなメールを送られてくるとは思ってもいなかったからだ。しかも初対面の人に対して。なんなのこれ。しかも、不動産屋名も、冗談のような名前だったし。時代は変わっていくんだな、と驚く。

2013年11月某日、指定された不動産屋を訪問した。

中に入って驚いた。おしゃれなカフェのような内装で、町中にある昔ながらの不動産屋とは全く違う。オフィス机が並び、卓上にはキングファイルや書類が積みあがり、湯のみ茶碗に緑茶が入ってる・・・というイメージとは全く異なる。早く言えば洋風。旅行代理店よりもカジュアルな感じだ。こういう不動産屋は初めて見た。実際、カフェよろしく、飲み物は何種類かから選択することができた。

社員も全て若く、「店長」と呼ばれている人でさえ30歳になるかならないか、くらいだった。全員体育会系のノリで、まるでサークル活動のように仕事をしている。僕は以前から不動産業界の旧態然とした態度に不満を持ってきたが、いざこういう新時代の幕開けを目の当たりにすると、これはこれで困惑してしまう。信用できるのこの人たち?みたいな印象を持ってしまう。しかしお店の名誉のために言っておくと、ちゃんと立派に仕事をしてくれたので仕事ぶりにはとても満足している。

細長い店内には接客用のカウンターがあるのだが、そこがそのまま社員のデスクになっていた。「カウンターは接客専用で、カウンターの奥に自分のデスクが別にある」という一般的なお店とは異なる。そういう作りになっていることもあって、カウンターの上はパソコンしか置かれておらず、とてもさっぱりしていた。紙が乱雑に積み重なっているようなことはなく、おしゃれだ。不動産屋も変わってきたもんだな。ちなみにBGMにヒップホップが流れていたのには、地味に度肝を抜かれた。でも、そういう不動産屋があっても当然だよな。

僕を担当してくれることになったのは若い女性だった。「何歳に見えます?」と聞かれたので、失礼のないように「26歳くらい?」と答えたら、その人は「いえーい」といって周囲の同僚に勝ち誇っていた。聞くと、今年入社したばかりの24歳だという。若い!新卒なのか!普通、実際の歳よりも上に見られたら女性は怒るが、今回に関しては「ぺーぺーの新卒なのに、中堅社員クラスに見てもらえた」ということで嬉しかったらしい。回りの同僚たちは、「まじかよじゃあもっと頑張らないとな」なんて声をかけていた。不動産屋の中で「マジか」みたいな会話を聞くというのも、新鮮。

不動産選びというのは、たとえ賃貸といえどもこの先しばらくの人生を決める重要なこと。だから、経験豊富な人の知見があった方がいい。新人不動産屋さんが担当で大丈夫か?という不安はある。でも今回の僕は、見知らぬ土地でワクワクした物件を探したい、と思っている。そういう時、若い女性(しかも上京したてで土地勘がまだ十分ではない)の感性ってむしろいいんじゃないかと思った。ベテランから「いや、こういう物件は住みにくいですよ」とか的確な助言を言われると、むしろなんだか悔しい。それよりも、「いいぞもっとやれ」とけしかけてくれるような立場の人の方が面白い結果になりそうだ。そんなわけで今回の担当者に完全にお任せすることにした。

とはいっても、肝心の内見だが、すぐにはできないと言われていた。お目当ての物件は同じ日に別不動産屋経由で別の人が内見するらしく、その人たちが終わり次第我々の番、ということになっていたからだ。

「でも、その今内見している人が即決したら?」
「当然その物件は無理ですね」

またかよ。前回同様、またタッチの差だよ。用意された間取り図の紙を見てみたら、そこには前回内見の際にお世話になった不動産屋の名前が書いてあった。あっ、この野郎。この物件がリリースされたんなら、真っ先に僕に連絡をよこせよ・・・。何やってるんだよ。何で別の不動産屋に仲介を再委託したりしてるんだよ。ひでぇなあ。ますますその不動産屋の信頼はなくなった。それにしても、今ここにいる不動産屋の立場って何なんだ?

「当店はどこの物件でも仲介できます」

担当の女性は自信満々に教えてくれる。

「HOMESとかSUUMOとかathomeとか、そのほか不動産屋が使うネットワークを使ってさまざまな物件を検索できるんです。それをお客様に紹介して、仲介しています」

という。はー、インターネット時代の賜物だな。自社では直接大家さんと仲介の契約をしていない、「在庫」を持っていない不動産屋。不動産屋の斡旋をする不動産屋、というわけだ。どうりでターミナル駅の近くにオフィスを構えているわけだ。ここからなら、四方八方あちこちの物件に行くことができる。「不動産屋といえば、地場産業であり、地元の駅前に店を構えるのが当たり前」だと思っていたけど、そうじゃない形態もあるのだな。

しかし、ネットの不動産サイトを複数操る程度では、単なるエージェントだ。少し便利だとは思うが、その程度なら時間さえかければ自宅で自分ひとりでできる。プロをわざわざ使う必然性を感じない。でもまあ、仲介手数料がさらに上乗せされるというわけでもないだろうし、お任せして損はなさそうだ。

大本命物件の内見待ちの間に、物件を探してもらう。従来の不動産屋のように、キングファイルから間取り図を探してピックアップする、というやり方ではなく、パソコンに向かって検索条件を入れて調べている。「従来の不動産屋スタイル」だと、「本当にこっちの希望する物件を全部ピックアップできてるのだろうか?」と不動産屋のチョイスに不安を覚えるが、今回はネット相手だ。抽出漏れはまずないだろう。

「よし、俺はこっちのサイトを調べるから、お前はそっちのサイトで調べてみてくれ」

と隣にいた先輩社員が検索の一端を買って出てきて、複数名での検索となった。最終的にはその場に居合わせた社員全員、4名がかりでの検索となり、デジタルなんだかアナログなんだかわからない総力戦となってきた。結局、デジタルを操るためにはアナログでないといけない、ということだ。

それぞれの社員が手分けをして、気になる物件があれば間取り図を印刷して持ってきてくれる。

「こんなんいいと思うんですけど、どうすか。これはすげーお勧めだと思うんだけどなあ」

みたいな感じで。やっぱりフランクだ。こっちも、「お、おう・・・」と若干動揺しながらもその物件を確認する。

複数の仲介サイトを検索すると、膨大な件数の候補が出てくる。特に僕の場合、具体的な路線や駅といったものを明確にしていないし、「トータルでワクワクできる物件なら、個々の条件で希望を満たしていなくてもかまわない」と言っているのでなおさらだ。こういう曖昧な条件なので、やはりプロのセレクトというのは助かる。

「ワクワクねぇ・・・」と言いながら、みんな楽しそうに検索をかけ、何かを見つけては「こんなの、どうすか」と嬉しそうに持ってきてくれた。そして、「この物件がワクワクするかもしれない理由」を説明してくれる。

中には、僕が支払える家賃をオーバーしている物件もあったが、そんな場合は手間を恐れずに先方の不動産屋に電話をかけ、「値引けますか?」とずけずけと質問していた。前戯もなくいきなり本題に入っちゃうのかよ、とその値引き交渉には呆れたが、この業界はそういうやり方でもOKらしい。「あ、OKですか。・・・1,000円?わかりました、ありがとうございました」なんてあっけなく話をまとめ、さっさと電話を切っていた。値引きなんてのは、「すぐに入居しますから」とか「長く住むから」みたいな話と引き換えに成り立つと思っていたので、このやりとりは驚いた。冷やかし歓迎なのかね、この業界って。

こっちが気の毒になるほど、たくさんの物件を調べてもらった。社員の一人が、「よし、この路線はもう全部調べた!このあたりのいい物件は全部印刷しといたから!後はもう他の路線を調べればいいぞ」なんて両手を挙げて宣言していたが、あながち嘘ではなさそうだ。

人力検索ゆえのファジーな検索をしてもらったのだが、「これはどうすか」と出てきた物件の大半が狭かった。僕は25平米以上の部屋を希望していたのだが、その他諸々の希望を満たそうとしたとき、真っ先に削られるのが部屋の広さとなるらしい。そもそも1Rや1Kで25平米以上というのはあまり数がなく、その間取りなら20平米前後が相場らしい。で、その次に1DKや1LDKといった間取りで30平米強、という広さがボリュームゾーンになる。部屋数が増えるとがぜん家賃が高くなるので、2部屋以上の物件は僕の財布では選択しづらかった。

もちろん、築年数と駅からの距離を妥協すれば、お手頃な価格の物件は結構転がっている。新興住宅地ではない古い町ならなおさらだ。しかし、先日「築35年物件」を目の当たりにして、「年期が入るということはこういうことなのか」と実感したばかり。なんやかや言っても、築年数は大事だと目が覚めた。

今回の引越しは、汚れまくって散らかしまくった家を今更整理整頓する気力がないので、これまでのことは「なかったこと」にして心機一転、新しい家で新しい快適生活を送ろうという意味合いもある。それで古ぼけた家に住むというのは、ちょっと趣旨から外れる。

不動産屋の社員は全員僕より若い兄ちゃん姉ちゃん。そしてフランクだ。こういう僕の事情や希望というのを逐一伝えつつ、僕なりの微妙なニュアンスを汲んだ物件を一つ一つ抽出してもらったのは本当に助かった。

「決して広くはないですが、梁が出っ張っていない部屋なのでデッドスペースがないです。ここなら見た目以上に広く使えるはずです」

とか、

「ここは大手デベロッパーが賃貸住宅として提供している物件で、品質はいいです。ワクワク感はあまりないかもしれないですけど、手堅いです」

なんていろいろ案件を出してきてくれた。僕はただただ、出てきた間取り図や諸条件を見ながら、これはダメあれはダメと気に食わないのをなぎ倒していくだけ。なんだか申し訳ない気がするけど、「いいですよ、これが仕事ですから。気にしないでくださいね」という言葉に甘えて、いろいろ調べてもらった。

そうこうするうちにすっかり日が傾いてきたのだが、未だに内見予定の物件を管理してる不動産屋から連絡がない。電話をかけて確認してもらったところ、なにやら渋い顔をしてやりとりをしている。あー、なんか良くない事象が起きてるな。

「で、どうでした?」

電話を切った担当者に聞いてみたら、

「先に内見していた人が『ここに決めたい』って言ったらしいです。なので、もう手をつけられてしまいました」

と残念そうに言う。まじか。またタッチの差で先を越された!

「なんでも、法人契約をしたい、ということで、オーナーさんとしてもそれならば信用できるし、長期的に借りてくれそうだから良いと判断したそうです。手付金をすぐに払うということですし、契約もすぐにするということなので、もうオーナーさんからは今後内見さえも受け付けてくれるな、と言われたそうです。なので、この物件は・・・残念ながら・・・」

うーん、運が悪いとしかいいようがない。しかし、なんでこうも直前にNGを食らうのだろうか。

この話を知人にしたら、「不動産業界には見せ玉(みせぎょく)ってのがあるよ」と教えてくれた。実際には契約できない素敵な物件をちらつかせて、それに釣られて不動産屋に足を運ぶ人をキャッチするというやり方。今回の物件が見せ玉なのかどうかはわからないが、結果的には見せ玉的な役割を果たしたのは間違いがない。ちぇっ、なんてこった。

なお、この話には後日談があるので、この連載の最後に書く予定。

内見予定だった大本命物件を諦め、今日この場で抽出してくれた物件いくつかを内見することにした。気を取り直しての仕切り直しだ。ただし残念なことに、大本命物件を上回るスペックのものは一つもなかったのだが・・・。

担当者がてきぱきと、各方面の不動産屋に電話をかける。「これから内見したいんですけど」とアポを取っているのだが、既にもう日没だ。大丈夫だろうか?不動産屋、閉まっちゃうぞ。鍵を借りに訪問しても、もうシャッターが閉まってましたなんてことにならないのだろうか?

担当者の頑張りで、この日は5軒の内見ができることになった。候補は他にもあったのだけど、先方不動産屋の都合が悪く、残りは後日という仕切りにした。5軒、といっても住所はどれもバラバラ。駅も路線も異なっている。移動するだけで結構大変だ。もう夜だけど、終わるのは何時になるんだ?

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