
16:21
案内された部屋は「穂高」。111号室。
おそらく、穂高連峰が見える景色が良い部屋とそうではない部屋とでは価格差があるはずだが、僕らは「一番安いプラン」を選んでいるので何がどうなっているのかよくわからない。
部屋の扉は廊下に面しておらず、廊下と同じ向きに扉がある。ああ、そういえばこういう作りってビジネスホテルにはないよな。温泉旅館によく見られる構造だけど、なんでだろうか?

部屋の中。シンプルな作りでむしろ好感だ。
比較的新しい建物だからだろうか。
昔の温泉旅館といえば、窓際にはカーペット敷きの空間があって、ソファと机、場合によってはミニ冷蔵庫や洗面台があるレイアウトが普通だ。いわゆる「広縁(こうえん)」と呼ばれる場所だ。
この広縁、「不思議とくつろぐ」「旅館といえばコレ」という人が結構いるのは知っている。でも僕はほとんど使わないし、好きでもない。旅館ならば畳でゴロンとしていたいし、冬場は寒いからだ。
その点この部屋は広縁がなく、その分すっきりした部屋になっている。

部屋に入ったとき、よっぽどワクワクしていたのだろう。浴衣や丹前の写真まで撮影している。
さすがにトイレの写真はないな?と改めて写真を見直して思ったが、それは単に部屋にトイレが備え付けられていないからだ。バストイレ付きの部屋だったら、そこまで写真を撮っていたと思う。

16:27
荷物を置いたら、すぐにお風呂に向かう。
お風呂、といっても旅館内の風呂じゃない。上高地の入り口・釜トンネルの脇にひっそりとある外湯「卜伝(ぼくでん)の湯」に浸かるんだ。フロントで予約をしていれば、ちゃんと車で送迎してくれるからありがたい。なにしろ、歩いて行くにはちょっと遠いからだ。
予約は30分刻み。卜伝の湯は完全貸切風呂なので、つまり入浴時間は実質20分程度ということになる。というのも、車で往復する時間も考慮しなくちゃいけないからだ。
車でピストン輸送を繰り返す宿のスタッフは大変だ。この「中の湯温泉旅館」は、松本への送迎も含めてとんでもなく大変な人の輸送を担っている。
わざわざ車でお風呂に入りに行くのは、こちらとしてもちょっと面倒だ。荷ほどきしてやれやれと一息ついているときに時計をチラチラ見ながら風呂のタイミングを見計らう、というのは嫌だ。なのでチェックイン早々に卜伝の湯の予約を入れた。
体験すべきものはとっとと体験しちゃおう、と。

車に乗ってウネウネの峠道を下る。
峠道のゲートは中の湯温泉旅館の車が通るたびに開けられ、そして閉められる。なので、ゲートの前後でちょっと待ち時間が発生する。

16:35
釜トンネルのところまでやってきた。
奥に見えるのが釜トンネル。上高地への入り口だ。一般車両はここから先が通行止めで、路線バス、観光バス、許可されたタクシーおよび関係者の車のみが通行できる。
ここが11月15日をもってクローズとなり、来年のGW手前までが冬の静かな季節となる。
今この時期は土木作業を行う工事車両が出入りしているはずだ。
釜トンネル前には警備員さんが立っている。まだ車の往来がある証拠だろう。鉄柵のゲートも用意されているのだけれど、それは閉じられていなかった。
この釜トンネル入り口すぐ近くに、卜伝の湯がある。
トンネルから見て、梓川を挟んだ対面。崖にへばりつくように小さな小屋が建っている。
国道158号は長野県松本市から岐阜県高山市を結ぶ主要国道で車の往来が多い。こんな国道に面した秘湯。

以前からこの温泉の存在は知っていて、「いつの日か入っていたい」と思っていた。それがようやく今回実現して、とても嬉しい。
「上高地のついでに卜伝の湯に立ち寄ろう」とはなかなかいかない。できなくはないのだけれど、中の湯温泉旅館の宿泊者優先だし、完全貸切の予約制なのでこちらの希望と空き時間が合わない可能性がある。そして、釜トンネル入り口にある「中の湯」バス停は下車する分には便利だけど、乗車するのは不便だ。バスに乗ろうとしても、上高地バスターミナルですでに満席になっていて乗れない場合があるからだ。
釜トンネル入り口には「中の湯売店」という建物があって、そこから中の湯に連絡をとって外来入浴の予約をすることができる。お値段800円。

ワクワク感たっぷりで中に入る。
この温泉がどうなっているのか、事前知識をまったく仕入れないままここにやってきた。このインターネット全盛の時代、「情報がない中で突撃」というのは楽しいものだ。
中に入ると、細長い作りになっていた。あるのは、脱衣かごだけ。どうやら、入ってすぐの場所は脱衣場らしい。肝心の風呂は、奥の扉を開けた先らしい。

「貸切時間は30分です よろしくお願い致します」という札が脱衣かごの前にぶら下がっていた。
もうすでに残り20分ちょっとなので、とてもせわしない。くつろぐというよりも、「入浴体験をする」という感じだ。
ただ、後になって気が付いたが、後続の方が宿を出てこっちに到着するまで数分を要するので、きっちり「毎時0分・30分」に合わせて慌てて風呂から出なくちゃいけない、というわけではなさそうだ。

「雨の日は雨もりします」など手書きの張り紙が貼ってある。
風呂から立ち上る湯気と、外気の冷たさのせいで脱衣所周囲はびしょびしょになっている。脱衣場周辺はサラッとしていたほうが快適なんだが、場所柄これは仕方がない。これもまた風情と理解しなくては。

屋根を支える柱からは、屋内にもかかわらずつららがぶら下がっている。
そんな中全裸になって、「ひゃー、冷たい!」と叫びながら湯船に向けて急ぐことになる。

この卜伝の湯、作りがとてもおもしろい。
脱衣場の奥の扉を開けると、そこは階段になっていた。階段を下りながらUの字に旋回していくと、そこが湯船だった。とても変わった作りだ。
階段は足を滑らさないようにとウレタンマットが敷いてある。
誰かが歩いたせいで、というよりも、結露のせいでびしょびしょになっている。こういうのが嫌な人もいるだろう。
ちなみに我々が入浴した2019年11月から数カ月後、この階段部分が崩落してしまい、卜伝の湯が廃業となってしまったということを後になって知った。今のうちに入っておくことができて、本当によかった。

卜伝の湯、湯船。
階段をぐるっと回り込んだ先にある湯船。
那須湯本温泉の「鹿の湯」の湯船よりちょっと大きいくらいなので、大人4名サイズ。ただし、足を伸ばして入るならば大人2名がやっと。この時期は寒いので、「湯船の外で待っていて、中の人と入れ替わりながら大人数で入浴」は厳しい。
カランはないので、かけ湯をしてそのままお風呂に入る。
お湯の感じはどうだったか?いや、全然覚えていない。薄暗くてよく見えないのと、このシチュエーションを咀嚼するのに脳が一杯なのと、体を温めるのが先決なのと、残り時間が気になるのとで。
写真を撮ろうにも、湯気がものすごいためにレンズがすぐに曇る。拭いても拭いても曇るので、まともに撮影するのは諦めた。無理をしていたらカメラが壊れる。
(つづく)
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