最近すっかり上高地づいている。
絶景なのは言うまでもない。そんな中で、快適かつ気軽にキャンプができることをとても気に入っている。何か装備に不足があったとしてもレンタルできるし、自炊用食料は売ってるし、お店でご飯を食べたっていい。
「忘れ物をしないように気をつけないと」と身構えて身支度をしなくても良い、というのが気楽だ。たまにしかキャンプをしない僕にとっては、この敷居の低さは大事。
あと、一旦上高地に入ってしまうと、そうやすやすと下界に戻るわけにはいかないぞ、という覚悟がつく。デジタルデトックスをするにはうってつけの場所だ。上高地にいる間はPCを持ち込まないし、スマホも極力見ないようにする。そうやって数日を過ごすと、すっと気持ちが軽くなる。
そんなわけで、足繁く上高地に通うようになった。時間もお金もかかるので負担っちゃあ負担だけれど。
上高地滞在中、毎回通い詰めたお店が「カフェ・ド・コイショ」。
上高地から徒歩1時間弱、明神にある山小屋「山のひだや」に併設されたカフェだ。
このお店で美味しいケーキとコーヒーをいただくことを励みに、滞在中は毎日のように通ったものだ。なにせここの宿の娘さんがパティシエで、自家製ケーキが絶品だ。さらにコーヒーは澄み切った湧水によるもので、「水がうまいとコーヒーの味が3割増しになる!ずるい!」と思わず嫉妬してしまうくらいうまい。
そんなこんなで宿の方と顔見知りになり、「クリスマス会をやるのでよかったらどうぞ」と声をかけてもらうに至った。
日本を代表する観光地の一つである上高地は、11月15日の「閉山式」をもって冬季休業に入る。路線バスも観光バスもタクシーも上高地の玄関口である釜トンネルをくぐることはできなくなり、静かな冬を迎える。
しかし冬山登山にオフシーズンは存在しない。釜トンネルそのものは閉鎖されていないので、冬の槍ヶ岳や奥穂高岳をアタックする人や、上高地界隈をスノーシューで散策したい人は徒歩で釜トンネルをくぐっていく。
明神の山小屋「山のひだや」は上高地冬季閉鎖中も登山案内所として上高地界隈で唯一営業しているという。ただ、公には公開しておらず、宿泊の予約がない日はスタッフは下山するようだ。
このクリスマス会のことも、全くアナウンスされていない。常連さん向けのクローズドなイベント、ということらしい。そんなイベントに招待してもらえて、嬉しい限りだ。
ただし、現地に到着するまでの道のりは大変だ。
上高地バスターミナルから徒歩1時間の宿だけど、冬の間は歩き始めるスタート地点がずいぶん手前になる。
長野県松本市と岐阜県高山市を結ぶバスが、釜トンネル入口近くにバス停「中の湯」を構えている。
そこから歩きはじめて釜トンネルをくぐり、大正池、上高地と経由していくと約4時間。結構な距離と時間になる。
冬季、しかも谷間なので日が傾くのが早い。夕方になると冷え込みがきつくなってくるだろう。いくら比較的平坦でよく整備された場所とはいえ、早めの行動開始で早めの目的地到着は必須となる。途中の休憩時間も考慮すると、午前10時には歩きはじめておきたい。
冬季閉山中なので、なにかあったら自力で下界に戻らないといけない。誰かに頼るわけにはいかない旅になる。
ドコイショからの招待状は、「いろいろハードルがあるけど、乗り越えてこられますよね?」という挑戦状でもある。僕一人なら問題ないけれど、特に今回はいしを引率することになる。いしの体力は富士山登山や乗鞍岳自転車ヒルクライムである程度把握したけれど、まだ完璧に把握できたわけではない。できるだけ安全にバッファを見積もっておくことにした。
もちろん日帰りは無理で、ドコイショがある「山のひだや」で一泊となる。雑魚寝部屋の山小屋ではなく、グループごとに泊まれる個室があるそうだ。ただし電気は通っておらず、夜はランプの明かりに頼ることになる。21時消灯で、宿泊部屋には豆炭あんかが支給される、と宿のおかみさんから聞いた。
あと、大事なことは水は全て持参する必要がある。トイレや食事の水は宿が用意するけれど、行き帰りの際に使う2日分の水は自分で用意するように、と言われた。よく山小屋で「水1リットル●円、お湯なら●円。水なら山小屋宿泊客は無料、テント泊の客は有料」などと売っているのを見かけるけど、山のひだやはもっとストイックだった。
「用意していないので、自分で持ってきてくれ」、と。
たかが明神。だけど今回は2名の2日分、水を持参する必要がある。往復8時間の徒歩だし、途中に自販機なんてないのだからちゃんと持参しなくちゃいけない。それなりの重荷になる。
釜トンネルから明神までの道がどうなっているのか、というのも不安要素だ。過去の写真をネットで調べてみると、雪が全くない年からガッツリ積もっている年まで、様々だった。
いずれにせよ、雪が積もった過去がある以上、それなりの装備を用意していないとまずい。富士登山のときでさえスニーカーだったいしには、この際トレッキングシューズを買ってもらった。できるだけ足首まで隠れるやつ、というリクエストで。そうでないと、万が一雪がガッツリ降ったら、歩いているうちに靴の中が濡れて大変なことになるからだ。
なお、気温は昼間でも10度を超えることはなく、夜中はマイナス6度程度まで下がるようだ。相当寒い。
念のために靴に後付できるスパイクと、軽アイゼンも持参することにした。
「山のひだや」の個室は9室しかないと聞いた。ということは、このクリスマス会に参加できるのは9組限り、ということになる。グズグズと判断を保留していたら、部屋が埋まってしまうだろう。なので、この話を聞いてからできるだけ早く参加表明をした。あれこれ身支度で悩んだのはその後だ。なにせ、冬山登山の経験が全くない。
装備品以外で悩んだのは、旅程全般だ。
場所が場所だけに、単純に「山のひだや1泊2日旅行」というわけにはいかないからだ。
観光シーズン中でも、東京発着で山のひだや1泊2日は結構たいへんだ。それが冬季期間中ともなると、「ほぼ無理」になる。
釜トンネル午前10時出発、15時頃山のひだや到着・・・この「釜トンネルに午前10時までに到着している」というのが、東京からだと大変だ。
(1)夜行バスで東京を出発、早朝に松本着(車中1泊+山のひだや1泊=2泊3日)
(2)昼、特急あずさで松本。釜トンネル手前で一泊。宿泊候補地は中の湯、坂巻温泉、または松本市街。
の2択となる。早朝東京を出発すれば間に合う、ということはない。
レンタカーで行けばいいじゃない、って?いや、上高地パーク&ライドの玄関口となる沢渡(さわんど)エリアの駐車場も、冬季休業中だ。公共交通機関を使いたい。
あれこれ検討した結果、中の湯温泉旅館で一泊してから翌日山のひだやを目指すことにした。2泊3日の行程だ。
中の湯温泉旅館のばあい、松本駅から無料送迎バスが出ている。なので、松本~宿までの間の交通費が浮く。また、チェックアウト後はバス停がある釜トンネル近くまで送り届けてくれるのが決定的にありがたかった。
いしの場合、夜勤ありのシフト勤務で働いている。なのでスケジュールを調整してもらい、夜勤明けで中の湯温泉旅館を目指す日程とした。相変わらず彼女との旅行は、いしがハードかつタイトだ。
スケジュールはざっとこんな感じ。
■11月22日 1日目(夜勤明け)■
昼 特急あずさで松本
中の湯温泉旅館(泊)
■11月23日 2日目(休み)■
10:00 釜トンネル
(徒歩4時間+休憩時間)
15:00 山のひだや(泊)
■11月24日 3日目(休み)■
10:00 チェックアウト
14:00 中の湯
15:00 松本BT行バス
16:15 松本BT
18時頃の特急あずさに乗車、21時半頃帰着
クリスマス会という名前だけど、実際に開催されるのは勤労感謝の日の11月23日。本来より1ヶ月早い。
実はクリスマス会は11月23日と12月23日、2回開催されるそうだ。どちらに参加してもよかったのだけど、もちろん僕らは11月を選んだ。12月ともなると、よりいっそう寒くなるし雪が積もっているだろうから難易度が上がるからだ。
2019年11月22日(金) 1日目
山のひだやでクリスマス会が開かれる1日前。11月22日の午前10時の新宿駅。
特急あずさ9号で松本を目指す。
「これから上高地を目指します」という人が乗る時間帯の電車じゃない。そもそもこの時期、東京から上高地を目指す人なんてまずいない。冬山登山なら時期が早すぎるし、観光シーズンは終わってしまって上高地は閉山してしまっているからだ。
仮に観光シーズンだったとしても遅すぎる出発時間なのは、いしが夜勤明けで職場から直接新宿駅にやってくるからだ。
夜勤があるような職業なので、当然勤務時間中に私物スマホで「ごめん、これから残業。遅刻します」という連絡はできない。僕はただ、「本当に時間に間に合うだろうか?」とハラハラしながら新宿駅ホームで待っているしかない。
なんとか時間に間に合ったいしは、電車が出発して一段落したところで眠り始めた。仮眠、とかお昼寝、じゃない。夜勤明けなのでこれがマジ寝になる。
この日のために防寒用として買ったハードシェルをすっぽりかぶり、雪だるまみたいな様相で寝ていた。通りすがりの人がギョッとして二度見する有様。
昼過ぎ、松本に到着。
中の湯温泉旅館の送迎バスは、松本駅アルプス口を14:45発だと聞いている。2時間ほど時間に余裕があるので、その間にご飯を食べ、ちょっと観光しようと計画している。
写真は松本駅前にある、アルピコ交通の松本バスターミナル。本来ならここで高山行きバスに乗るんだけど、今回の僕らは送迎バスだ。ありがたい。
とはいえ、一泊をしっぽりと温泉旅館で過ごすので、それなりにお金がかかる。今回の旅行は思った以上の出費だ。そもそも、山のひだやの一泊が一人2万円以上するので、なんやかんやで二人合わせて10万円近くかかる旅となった。
バスターミナル近くの駐車場で、タイムズのカーシェアを借りる。
これでお昼ごはんを食べに行く。徒歩でも行けなくはない距離だけど、2時間で行って帰ってくることを考えると、車のほうが安心だった。
行った先は、「そば処 浅田」。
2000年、僕が心底うまい蕎麦に出会った、と開眼したお店だ。それからはや19年。
この日食べた記錄は別の記事に書いている。
インターネットへの投稿はお断り、なんだそうだ。なのでこれ以上は書かない。
浅田の近くに「石井味噌」という味噌蔵があって、観光客にも公開しているようだ。そこに行ってみることにした。
ここでは自家製味噌を使った軽食が食べられるらしい。気になる。
浅田で腹いっぱい食べないでおいた。ここでのあわせ技一本で満腹になる気満々だ。
こちらです味噌直売店⇒
創業慶応4年、なんだそうだ。
そう染め抜かれたのれんの傍らに、ソフトクリームの看板が出ているのがギャップがあって楽しい。
「蔵元のランチ」というのがあるので、それを頼む。
卓上には、「三年味噌どれっしんぐ」なるものが置いてある。ここ・石井味噌は、三年熟成された味噌が名物とのこと。へえ、長期熟成の味噌ってはじめて聞いた。醤油なら聞いたことがあったけど。
これが「蔵元のランチ」。
蔵元三年味噌の豚汁がドスンと大きなお椀に入っている。焼きおにぎりがやけに小さく見えるけど、実際は逆で、お椀がとても大きい。
さすが三年味噌、まるでカレーのような色をしている。
三年味噌推しはこんなところにも。「三年味噌あいす」。
熟成された味噌なので、とても強い風味がある。これをバニラアイスクリームにして果たして好まれるかどうかは、人をえらぶと思う。醤油蔵に行って醤油ソフトクリームを食べたときも同じようなことを感じたっけな。
(つづく)
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