
17:57
今晩お世話になる、清岳荘の玄関だ。
アルミサッシには「開放しないでください。虫が入ってきます。」の貼り紙がある。
ああそうか、北海道でも虫は遠慮なく入ってくるんだな、と当たり前のことにいちいち感心する。
でも、よく見ると「あれっ?」と立ち止まってしまった。
手指消毒のスプレーが、まるで門番のように入り口の「外」に立ちふさがっているからだ。
普通、こういうのは「玄関に入ってすぐ」にあるものだが、ここは入らせる前に一仕事させるスタイルらしい。
それだけ、コロナに対しての警戒レベルが高いことの証左だろう。
消毒液だけじゃない。赤外線センサーの検温器まで建物の外に鎮座している。厳重だ。
「お前、熱はないだろうな?」と無機質なレンズに睨まれているようで、少し背筋が伸びる。

17:57
検問をパスして中へ。
右手にトイレと下駄箱、左手に帳場というレイアウトだ。
下駄箱が階段下のデッドスペースをフル活用している。
館内は驚くほど清潔で、明るい。
いわゆる「山奥の小屋」という枯れた風情ではなく、どこか公共施設のような開放感がある。
これなら快適な一夜が過ごせそうだ。

暖炉のある談話室。二階に向かう階段から見下ろすと、なかなか絵になる。
(写真は深夜4時に撮影したので無人だが、僕が寝るまでは団体客が絶好調で酒盛りをしていた。元気なことだ)
冷蔵庫、電子レンジ、流し、湯沸かしポット。
都会のワンルームマンション標準装備みたいな家電たちが並んでいるが、そこにレンガ造りの暖炉が混ざっているのが面白い。文明と野生の絶妙なチャンポン状態だ。

さて、清岳荘の「公式発表」では水は飲めないことになっている。
しかし、サービスとしてポットに沸かし湯が用意されていた。これは飲用OKだ。「命の湯」といっても過言ではない。
ただし、宿泊客が殺到すれば当然底をつく。改めて沸かせばよいのだけど、瞬間湯沸かし器のようにすぐに沸くわけじゃない。「お湯の確保は計画的に、かつ迅速に」が、ここでの鉄則だ。
壁の隅には「黙食」の文字。
実際には酒盛りの笑い声が響いていたから、そこまでガチガチではないのだろうが、それでも、2023年という「コロナの余韻」を象徴する、少し切ない景色でもある。

「この水は飲めません」という無慈悲な看板。
山小屋ではよく見る光景だが、水道の蛇口から出る水が飲めないというのは、都会の感覚からするとかなり「非日常」だ。
とはいえ、泥水が出るわけじゃない。
持参したガスストーブやポットでグラグラ煮沸すれば済む話だ。水が供給されているという、その事実だけで御の字だと思わなければ罰が当たる。
それにしても、この現代的なキッチンシンクで蛇口をひねり、出てきた水を飲めないというギャップ。
なんだか、高度に文明化されたようでいて、一歩先は野生、という奇妙なリアリティを感じる。

壁には、昭和30年に建てられたという初代清岳荘の写真があった。
重機なんてない時代、馬と人力だけでブロックを運んで作り上げたという。その執念には、ただただ脱帽するしかない。
なんせここは、下山したところで目の前にあるのは広大な「北海道」だ。
人、モノ、金が潤沢な都会の工事とは、難易度の桁が違う。
当時の宿泊料は薪代として「実費30円」だったらしい。「薪代」という響きが、当時の暮らしの匂いを感じさせて面白い。
しかし、そんな血と汗の結晶も、わずか1年後に雪崩で全壊したというから切ない。
初代はもっと山の中腹、川の上流にあったそうだ。
もし今もそこに小屋があって、車で横付けできれば、明日の登山はずいぶん楽だったんだろうけど。

18:03
二階へ上がると、そこは板の間の広間だった。
整然と並ぶ段ボールの衝立。まるで避難所のようだが、これが令和の山小屋における「プライバシーと公衆衛生の守護神」だ。
コロナ禍を経て、山小屋のルールは劇的に変わった。
「1畳に3〜4人が詰め込まれる」なんていう地獄絵図は、今や遠い昔の語り草だ。
予約必須となり、密度は以前とは比較にならないほどゆったりしている。
これが今後も続くのか、また収益優先で「密」に戻るのかは不明だが、少なくとも2023年の今は、広々としたパーソナルスペースを享受できる。
この衝立、ただの段ボールのくせに、自立用の足のせいで意外と場所を取る。
その結果、隣との間隔は嫌が上でも広がる。
おかげで、他人の寝息をダイレクトに浴びるリスクは大幅に低減された。ありがたいことだ。
ただ、その分予約の争奪戦は激化しているらしい。
「1泊目は取れたが2泊目が取れなくて、縦走計画が崩壊した」なんていう悲鳴が、あちこちの山域から聞こえてくる。
快適さと引き換えに、自由が少し削られたわけだ。なかなかどうして、世の中うまくいかない。

18:04
衝立は側面だけでなく、足元側にも設置されている。
「徹底しているな!」と感心していたら、足元の向こう側にも宿泊客がやってきた。
なるほど、等間隔じゃないと思ったら、グループ客は一区画としてまとめられているのか。
ソロの僕には、それなりの広さが割り当てられていた。
テラスに出る気力は、もうない。
外は少し寒いし、霧で視界はゼロだ。
それよりも、日が暮れる前にメシを食い、明日のパッキングを終わらせるのが先決だ。

18:03
最新式の空気清浄機が、山小屋の空気を律儀に浄化している。
シャープ製。湿度は63%を表示。仕事熱心なことだ。
大自然の北海道で空気清浄機というのも少しシュールだが、これも町の予算で導入された「鉄壁の防御」なのだろう。
小屋のあちこちにこの巨体が配置されており、運営側の「絶対にコロナを出さない」という不退転の決意が伝わってくる。
まあ、こんな狭い場所で誰かがゴホゴホやり出したら、プラズマクラスターだって荷が重いとは思うが。

18:04
階段を挟んだ向かい側の部屋を覗くと、がらんとしていた。
「なんだ、スカスカじゃないか」と油断していたら、19時を過ぎてどやどやと集団が現れ、一気に満員御礼となった。
どうやら団体客用のスペースだったらしい。
漏れ聞こえる会話から察するに、彼らの多くは百名山を狩りまくる「ピークハンター」たちだ。
本州から遠征し、羅臼岳から斜里岳、あるいはその逆と、山をハシゴするのがトレンドらしい。
今日、羅臼岳に登ってからここへ移動し、明日早朝には斜里岳に挑むという。
その鉄人っぷりには、同じ「老いた個体」として眩暈がする。世の中、元気な人は本当に元気なんだな。
「北海道の山を、毎年1座ずつ登っていく」という僕のやり方はお金がかかって贅沢なことだが、なにせ体力が持たない。そして保育園通いの子どもの対応を考えると、何日も家を留守に出来ないからやむを得ない。
(つづく)

コメント
コメント一覧 (2件)
何はともあれ"リアルタイムとは別のパラレルをーるどを往く"おかでんのご帰還めでたし。
スマホも保険でなんとかなったようでそこもまた良し。(Fujiの一眼が心配でなりませんが…)
それにしても"振り返れば、斜里岳は本当に楽しい山だった。"果たしてそうか?うーん、わからん。山男の思考はさっぱりわからん。今後の活躍も期待しております。
zennさん>
富士フイルムのカメラをご心配いただき、ありがとうございます。
そう言われてと気がついたのですが、この記事の最後に載せている「故障したスマホ」の写真、まさにX-T20で撮ったものでした。機動力を重視したい場面で、あえてごつい一眼カメラを取り出して構えているというのは、冷静に考えるとかなり倒錯していて面白い絵面ですね。
先日からzennさんには「新しくカメラを買うなら?」という個別のお話をさせていただいていますが・・・いずれ、あるタイミングから「おや?記事の写真の質感が変わったぞ?」という局面が訪れるはずです。
もし変化に気づかれましたら、ぜひ早押しクイズの勢いで「カメラ買い替えただろ!」と突っ込んでみてください。楽しみにしています!