
08:52
霧が視界を奪う中、前方の高みに白っぽい影が浮かんだ。
んー、なんだ?あれは・・・祠か。
ということは、あのトンガリが山頂か!案外近かったな!
と喜んだが、だとしてもちょっと不思議だ。
普通、山のトップオブトップに祠があるものだ。
石鎚山のような大きな社ならともかく、こんな小さな祠が山頂手前にあるとはこれいかに。

08:56
見間違いかと思って近づいてみたが、正真正銘、立派な祠だった。
小さな鳥居まで備わっている。よく見ると、「斜里岳神社」と書いてあった。
石板を適当に組んだ「家風」のものとは一線を画す、金属製の堅牢な造り。
「冬の豪雪と暴風に耐えてみせるぞ」という製作者の執念すら感じる。
鳥居のしめ縄や道中の紙垂も新しく、今なお厚く信仰されていることが伺える。
本来ならここで、無事な山歩きを神様に感謝すべきシーンなのだろう。
が、僕が祈ったのはただ一つ。
「水没したスマホがどうか壊れませんように」。
今の僕には、信仰心よりも電子機器の安否の方が切実な問題なのだ。
ちなみに1枚前の写真は一眼、この祠はスマホ(Google Pixel 4a)での撮影だ。
バッテリー残量さえ無視すれば、なんとかだましだまし撮れてはいる。
恐ろしいのはスマホのAI補正だ。
実際は一面ガスに覆われた白い世界なのだが、スマホで撮るとボケが除去され、岩のトゲトゲまでバキバキに解像する。
嘘ではないが、僕が見ている現実とはあまりに乖離した「クリアな虚像」がそこにある。
そして背後には、ようやくラスボスの影。
斜里岳の山頂らしき山容がぼんやりと見えてきた。
現実は、祠に丁寧にお参りする余裕などない。
強風と叩きつける雨に翻弄され、ただただ消耗する仕様だ。

08:58
尾根の上を山頂に向けて進む。
なるほど、ようやく合点がいった。
ここから先が本当の「馬の背」なのだな。
左右が切り立った岩の尾根がようやく登場し、これまでの疑問が氷解する。
この山は本当に変化に富んでいて、飽きさせない。
雨の中でもこれだけ楽しいのだから、好天ならどれほどの多幸感に包まれることか。
まあ、それを望むのは贅沢というものだろうが。

09:01
「馬の背」とはいえ、ナイフリッジを歩かされるような危険箇所はない。
崩れやすい東側斜面には、黒と白の土嚢が整然と積まれていた。
この重量物をここまで運び、道を維持し続ける労力には本当に頭が下がる。
足元の岩が、山頂が近いことを示すかのように赤みを帯びてきた。

西側斜面もこの通り。
これだけの急峻さだ、そりゃあ立派な滝が量産されるわけだ。

前方に標識が見えてきた。
いよいよ山頂か?
風雨は激しさを増し、もはや現場は「わちゃわちゃ」の状態。
何を撮っているのか自分でも怪しくなってくるが、歩みだけは止めない。

ようやく辿り着いたが、どうやらここは山頂ではないらしい。
標識が見当たらないのだ。もっともらしい白い棒が突っ立っているのだけど。いや、これは山頂じゃないぞ?
おかしいと思って周囲を伺うと、さらに一段高い場所に棒が突き刺さっているのが見えた。
あっちが真のラスボス、山頂らしい。

09:03
斜里岳山頂に到着。
標高、1,547メートル。
一眼カメラのレンズは水滴で飽和し、写真はソフトフォーカスを通り越して「何がなんだかわからない」状態だ。
記念写真というより、失敗作のサンプルに近い。
眺望は、笑えるほどゼロだ。
晴れていればオホーツク海を一望できる絶景らしいが、今日の背景は完璧な単色。
なんなら後から好きな景色を合成できる、クロマキー仕様の白い世界である。

09:05
登頂の証拠だけは残しておこう。
三脚を立ててセルフタイマーを試みるが、あまりの暴風にカメラごとなぎ倒される。
これ以上機材を壊すわけにはいかない。
中年の恥じらいを捨て、スマホを手に取って自撮りを敢行した。
05:15の開始から約3時間45分。
タイムだけ見れば悪くないが、自撮り写真の僕はなかなかに惨めなことになっている。
視界が悪い原因の一つは、このメガネだ。
調光レンズを採用しているため、尾根に出て紫外線量が増えた結果、レンズが勝手に真っ黒に変色してしまった。
ガスの中、サングラス状態で歩くのがどれほど困難か。
さらにレンズには水滴がこびりつき、視界は最悪だ。
結局、メガネをずらして上目遣いの裸眼(視力0.1以下)で状況を把握し、もう一度メガネ越しに詳細を確認するという、不審極まりない挙動を繰り返す羽目になった。
日常では便利な調光レンズだが、こういう現場ではただの「お節介な機能」でしかない。
一眼カメラのファインダーも覗きにくいことこの上ないし、もう、ほとほと参った。
やはり道具は専用に限る。
二刀流が面倒でも、コストがかかっても、次はまともな度入りサングラスを別に用意しようと心に決めた。
(つづく)

コメント
コメント一覧 (2件)
何はともあれ"リアルタイムとは別のパラレルをーるどを往く"おかでんのご帰還めでたし。
スマホも保険でなんとかなったようでそこもまた良し。(Fujiの一眼が心配でなりませんが…)
それにしても"振り返れば、斜里岳は本当に楽しい山だった。"果たしてそうか?うーん、わからん。山男の思考はさっぱりわからん。今後の活躍も期待しております。
zennさん>
富士フイルムのカメラをご心配いただき、ありがとうございます。
そう言われてと気がついたのですが、この記事の最後に載せている「故障したスマホ」の写真、まさにX-T20で撮ったものでした。機動力を重視したい場面で、あえてごつい一眼カメラを取り出して構えているというのは、冷静に考えるとかなり倒錯していて面白い絵面ですね。
先日からzennさんには「新しくカメラを買うなら?」という個別のお話をさせていただいていますが・・・いずれ、あるタイミングから「おや?記事の写真の質感が変わったぞ?」という局面が訪れるはずです。
もし変化に気づかれましたら、ぜひ早押しクイズの勢いで「カメラ買い替えただろ!」と突っ込んでみてください。楽しみにしています!