
07:10
岩の間を勢いよく水が駆け抜けていく。
ときどき滝が現れるので「おっ」と驚くが、滝ではない区間の川幅はずいぶんと狭くなってきた。
もはや「河原」なんていう、山との緩衝地帯は存在しない。
川、岩、崖。三層レイヤーで構成された深い谷に、僕の体は放り込まれている。

07:12
積み重なった岩が、階段のような顔をして立ちはだかる。
右手の茂みに揺れるピンクのテープが、ここが「道」であることを辛うじて主張していた。
さて、あのピンクの場所までどうやって辿り着けというのか。
滝の左から攻めるのか、右の岩をよじ登るのか。
四方八方を睨みながらルートを模索する。斜度は急だが、ワクワクが止まらない。
景色が常に変化していくのは、精神衛生上とてもよろしい。
これまでの人生で、ここまで単調ではない山歩きがあっただろうか。
いや、今適当にそう思っただけなので、冷静に記憶を辿れば他にありそうだが、今の僕にはここが最高に思える。
ちなみに、このルートの正解は「目の前の岩を直登」だった。
まさか、と思ったが、滝のすぐ右に「ここだぞ、おい」と無造作にトラロープがぶら下がっていた。

07:14
つぎに目の前に現れたのは、岩肌をなめるように広がる美しい滝だ。
重力に従って直下するのではなく、岩の曲線に沿って「J」の字を描く優雅なライン。
水遊びの延長線上にあるような、穏やかな錯覚を覚える。

07:15
傍らに「万丈の滝」と記された、慎ましい看板を見つけた。
そういえば、このあたりは川底の赤みが消えている。
うっすら赤い程度で、むしろ黒ずんだ岩肌が目立つようになってきた。

07:16
道とは名ばかりの、濡れた岩壁が行く手を阻む。
滝の横にある一枚板のような斜面を、そのまま這い上がることになる。
申し訳程度にトラロープがあるが、これは「掴んで登れ」というより、「ここより外に出るな」という境界線のようだ。
幸い、僕の登山靴はしっかり岩を噛んでくれた。
しかし、ここに来るまでに足を使い果たしている「筋肉弱者」なら、この直登で膝が笑うことだろう。
もっとも、僕だって一歩間違えれば下までスライディングだ。
慎重に、かつ淡々と、高度を稼いでいく。

07:20
そりゃあ、そうなるよな・・・と、ふと数字を計算して納得する。
斜里岳の標高は1,547メートル、登山口は680メートル。標高差は867メートルある。
なのに、中継地点の下二股(845メートル)までで、わずか165メートルしか稼いでいないのだ。
何度も渡渉を繰り返したので「ずいぶん登った」気分になっていたが、それは単に不慣れな作業でペースが落ちていただけ。
現実は非情である。まだ登山の序の口ですらなかったのだ。
下二股から上二股(1,230メートル)まで、一気に385メートルも標高を上げる。
そしてそこから頂上まで、さらに317メートルが残っている計算だ。
なかなかにガッツリした山じゃないか。
その分、楽しみも濃縮されているということにしておこう。
つまり、僕がいま必死に滝を登っているのは、単に「溜まっていたツケ」を払わされているだけ、というわけだ。

07:23
これも立派な滝なのだが、地図に記載はない。
看板も見当たらない。
もはや「いちいち名付けて看板を立てるのも面倒なほど滝がある」という、贅沢な飽和状態にあるらしい。

07:25
一体、僕は何のつもりでこの写真を撮ったのか。
後から見返しても、もはや判別不能である。

07:25
川底は相変わらず茶色いが、以前のような鮮やかさはない。
黒を帯びた、沈んだ色へと変化している。

07:27
滝の脇にへばりつくような道を、さらに登っていく。
これほど滝が連続するルートながら、専門的な「沢登り」の技術を要求される場面はない。
強引な巻き道で心折られることもなく、実直に高度を上げられる。実に見事な設計だ。
(つづく)

コメント
コメント一覧 (2件)
何はともあれ"リアルタイムとは別のパラレルをーるどを往く"おかでんのご帰還めでたし。
スマホも保険でなんとかなったようでそこもまた良し。(Fujiの一眼が心配でなりませんが…)
それにしても"振り返れば、斜里岳は本当に楽しい山だった。"果たしてそうか?うーん、わからん。山男の思考はさっぱりわからん。今後の活躍も期待しております。
zennさん>
富士フイルムのカメラをご心配いただき、ありがとうございます。
そう言われてと気がついたのですが、この記事の最後に載せている「故障したスマホ」の写真、まさにX-T20で撮ったものでした。機動力を重視したい場面で、あえてごつい一眼カメラを取り出して構えているというのは、冷静に考えるとかなり倒錯していて面白い絵面ですね。
先日からzennさんには「新しくカメラを買うなら?」という個別のお話をさせていただいていますが・・・いずれ、あるタイミングから「おや?記事の写真の質感が変わったぞ?」という局面が訪れるはずです。
もし変化に気づかれましたら、ぜひ早押しクイズの勢いで「カメラ買い替えただろ!」と突っ込んでみてください。楽しみにしています!