川を越え、雨に打たれ、風にあおられて【斜里岳】

泥だらけの登山道を歩く登山者の足元。黒い登山靴と青いレインウェア,ストックが見える。

11:55
熊見峠から下二股への急坂は、足元の滑る泥と、頭上に容赦なく迫る枝との波状攻撃だった。

ヘルメットを被っていたおかげで、脳天への直撃ダメージは回避できたものの、数分に一度は「ゴンッ」と鈍い音を響かせる羽目になった。そして足元に目を向ければ、愛用の靴はすでに泥だらけの、水浸しだ。

「ゴアテックスだから大丈夫」なんていうのは、あくまで都会の雨か、せいぜい整備された登山道での話だ。現実を見ろ。もはや「びしょ濡れ」という言葉すら生ぬるい。
川の渡渉ではあんなに神経質に守り抜いた一線が、上からの雨と下からの泥によってあっさりと崩壊した。一歩歩くごとに、靴の中が「ぐちゅ、ぐちゅ」と不快なリズムを刻んでいる。

不幸中の幸いか、靴擦れが発生しなかったのは、この靴(モンベル マウンテンクルーザー400メンズワイド・BOA)のおかげだと言っていい。

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いわゆるリールアジャスト式で、靴紐の代わりにワイヤーをカチカチと締め上げるBOAシステム。これが実にいい。ネジを回すだけで均一にフィットし、ネジを引けば一瞬で解放される。この「脱ぎ履きの儀式」からの解放感は、一度味わうと元には戻れない。

ワイヤーの耐久性や機構の故障を不安視する声も聞くが、僕は今のところ全幅の信頼を置いている。紐タイプより少々お値段は張るが、この「快適さを金で買う」感覚こそ、大人の登山の醍醐味ではないか、と思うわけだ。

レインウェアの上に装着したゲイターも、本来は「渡渉での浸水防止」という名目で召喚したものだった。しかし蓋を開けてみれば、激しい泥ハネをブロックする防波堤として獅子奮迅の働きを見せている。人生、何が役に立つかわからないものだ。

深い霧に包まれた山中の細い道と、手前に繁茂する大きなフキの葉。

11:51
これから僕が進むべき、先の見えない道。

ガスがひたすら濃い。視界は数十メートル。いや、100メートルも怪しいだろうか。遠近感という概念が消失し、モノクロームのレイヤーが重なったような世界だ。

聞こえてくるのは、巨大なフキの葉が雨粒を弾く低い音と、僕自身のレインウェアが風に煽られて立てる「バサバサ」という乾いた音。そして、足元で轟々と鳴り響く川の音だけだ。

五里霧中。まさにこの状況のためにある言葉だ。いや、五里どころか一里先も見えやしないのだが。

酸化鉄で赤茶色に染まった岩の間を流れる白い飛沫の沢水。

11:53
下二股から登山口にかけては、ふたたび渡渉のフードコート状態となる。

熊見峠からの急降下を終え、下二股にたどり着いた登山者は、誰しも「ふぅ、やれやれ」と安堵の息を漏らす。しかし、その油断こそが最大の敵だ。ここで足を滑らせ、余計な怪我を負った人間が、過去に何人もいたはずだ。山の神様は、最後の最後までサービス精神旺盛にトラップを仕掛けてくる。

山の川は気まぐれだ。行きは穏やかな小川でも、数時間の雨で牙を剥く。さっきまで渡れた岩が水没し、帰路が閉ざされる。そんな「詰み」の状況だって、ここでは日常茶飯事なのかもしれない。

幸い、この日の増水は「歩行困難」というレベルまでは達していなかった。確かに朝より水位は上がり、流れも速くなっているが、まだ僕の常識の範囲内に収まってくれている。

赤茶色の川底の沢と、それを取り囲む瑞々しい初夏の緑の風景。

11:54
面白いことに、登りの時よりも僕の足取りは遥かに軽快だった。理由は単純、「開き直り」だ。

すでに全身ずぶ濡れ、靴の中は沼地。もはや「濡らさないように歩く」という繊細な配慮が必要なくなった。多少水に突っ込もうが、失うものは何もない。この「無敵モード」のなんと心地よいことか。

加えて、登りでは封印していたアルパインポールを召喚したのが正解だった。一本の杖が、僕に「三点支持」ならぬ「絶対的バランス」を授けてくれた。滑りそうな岩の上でも、ポールがあれば鼻歌まじりに渡れる。なんだ、最初から使っておけばよかった、と思える有様だ。

シダが群生する両脇を通り、水が流れる石だらけの上り登山道。

11:56
ただし、文明の利器は時に牙を剥く。
草木が両側から密に迫る極細のルートでは、この長物、邪魔だ。引っ掛けて転びそうになるたび、「便利なのはわかったから、空気を読め」とポールに八つ当たりしたくなる。

巨大な岩のオーバーハングと、その下を通る沢沿いの登山道。

12:04
巨大な「へつり」の下を通過する。

往路と復路では、視覚的な情報がこれほどまでに異なるのかと驚かされる。見覚えのある光景に安堵することもあれば、「あれ、こんな断崖絶壁通ったっけ?」という新鮮な驚きもある。脳の記憶容量なんて、実にいい加減なものだ。

巨石の脇を流れる赤茶色の沢。木々の枝が水面近くまで垂れている。

12:11
沢の勢いは増し、岩を噛む水音が、周囲の静寂を暴力的に上書きしていく。

渡渉ポイントでは、ふたたびピンクテープ探しの宝探しが始まる。どの岩が安定しているか、どう跳べば向こう岸へ届くか。そんなパズルを解く作業も、もう一度やり直し。往路と向きがかわると、まったく違ったパズルゲームになる。

ルートを示すピンクのマーキングテープが結ばれた、石の多い河原の風景。

12:26
これでもかと言わんばかりの「ピンクテープ祭り」が開催されていた。大盤振る舞いである。

恐らくここは、登山口から入ったビギナーが最初に突き当たる「試練」だ。「ほら、ここが渡渉ポイントですよ!こっちですよ!」という親切心。

木の枝がトンネルを作る、腐葉土の柔らかな土の登山道。

12:29
ついに険しい渡渉の連続が幕を閉じた。
足裏に伝わる、腐葉土のふかふかとした柔らかさ。先ほどまでの「石のトラップ地獄」とは対照的な、慈悲深い感触だ。ようやく、文明の香りが漂い始めた気がする。

・・・いや、それはいくらなんでも気が早い。

葉の一部が白く変色したマタタビの葉が雨に濡れている様子。

12:32
薄暗い森の片隅で、誰かがペンキをぶちまけたかのように、不自然に白く光る葉の群れを見つけた。後で調べたところ、どうやら「マタタビ」らしい。へぇ、お前がそうだったのか。

マタタビといえば、「ネコがうっとりしてしまう植物」としてその名は世界に轟いている。しかし、実物を見たことがあるか、その生態を知っているかと言われれば、大抵の人間は沈黙するはずだ。僕もその一人だった。

それにしても、この白さは異様だ。雨で愛機(カメラ)が死亡するリスクを冒してまで、思わずシャッターを切ってしまった。

なんでも、6月頃に咲く花が緑色で目立たないため、葉を白く変色させて虫にアピールしているのだという。ええ?努力の方向性を間違えていないか?
「花が目立たないなら、花を白くする」のが進化の王道だろう。なぜわざわざ、主力装備である葉っぱの光合成機能を(おそらく)犠牲にしてまで、外付けの看板を白く塗り替える必要があるのか。自然界の不思議というよりは、気合の空回りに近い何かを感じてならないのだが。

(つづく)

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 何はともあれ"リアルタイムとは別のパラレルをーるどを往く"おかでんのご帰還めでたし。
    スマホも保険でなんとかなったようでそこもまた良し。(Fujiの一眼が心配でなりませんが…)
    それにしても"振り返れば、斜里岳は本当に楽しい山だった。"果たしてそうか?うーん、わからん。山男の思考はさっぱりわからん。今後の活躍も期待しております。

  • zennさん>
    富士フイルムのカメラをご心配いただき、ありがとうございます。
    そう言われてと気がついたのですが、この記事の最後に載せている「故障したスマホ」の写真、まさにX-T20で撮ったものでした。機動力を重視したい場面で、あえてごつい一眼カメラを取り出して構えているというのは、冷静に考えるとかなり倒錯していて面白い絵面ですね。

    先日からzennさんには「新しくカメラを買うなら?」という個別のお話をさせていただいていますが・・・いずれ、あるタイミングから「おや?記事の写真の質感が変わったぞ?」という局面が訪れるはずです。

    もし変化に気づかれましたら、ぜひ早押しクイズの勢いで「カメラ買い替えただろ!」と突っ込んでみてください。楽しみにしています!

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