
17:12
浜小清水駅からしばらく海沿いを走ってみたが、驚くほど海を見ることができない。
濤沸湖(とうふつこ)の脇を通る際も、地図上では海岸線ギリギリをなぞっているはずなのに、視界にあるのは執拗なまでの防風林と叩きつける雨のカーテンばかりだ。
Googleマップで確認すれば、ちょっと駐車場に車を停め、道路から少し歩けばすぐにオホーツクの荒波に出られることは分かっている。
しかし、今の僕は文明の利器(スマホ)を水没させて失った、ただの迷子だ。
カーナビの無機質な画面だけでは、海に出るための歩道があるのかどうかなんて把握できるはずもない。
結局、「海、見えねぇなぁ」と独り言をぼやきながら、ドライブを続けるしかなかった。
海が見えないどころか、肝心の濤沸湖でさえもほんの一瞬チラ見できる程度だ。
こういう「見せそうで絶対に見せない」焦らしプレイに、雄大なる北海道の物理的な威力を実感させられる。
海沿いを走り続けても埒が明かない、といい加減諦めた。
どうせ拝めたところで、この荒天だ。くすんだ空、どす黒い海を眺めて「だから何なんだ」という荒んだ気持ちになりそうだ。
じゃあ、内陸に入ろう。
中途半端なシーサイドを流すよりも、内陸のほうが「すごい北海道」の片鱗を掴めるはずだ。
舵を切った先は、「感動の径(みち)」という、今の僕の精神状態にはいささかハードルの高い名前がつけられた道。
晴れていれば知床連山から斜里岳まで、圧巻のパノラマが広がるらしい。
そして一面の畑が広がり、訪れる者を感動させるのだという。
とはいえ、今日は・・・まあ、感動は、しない。視界にあるのは、ただの「濡れたアスファルト」と「白い虚無」だけだ。
しょうがないので、すごすごと女満別空港に向かうことにする。
途中に展望台があったが、立ち寄ってもどうせ雨だ。何も見えないものに、わざわざ時間を割くほど僕は若くない。

17:43
女満別空港に帰還。
レンタカーを返却する際、「使用途中のガス缶、引き取ってもらえますか?」とお願いしたら、当然のごとく快諾された。ありがたい。
しかしこれ、このあとどうするんだろう。
最初から「使いかけですが」という条件つきで、営業所の隅っこでワゴンセールでもやってくれると、これからやってくる登山・キャンプ客たちはありがたいのだが。
送迎バスに揺られて空港ビルに戻ってきた。時刻は17時45分。
帰りの便は19時過ぎだったので、ちょうど良い到着時間だ。飛行機というのは、ギリギリの時間に空港へ到着すると、とにかくヒヤヒヤする乗り物だ。ましてや今の僕は、予約情報を確認する術(スマホ)を失っているのだから。
ふと掲示板の気温を見ると「2.7度」と表示されている。
……2.7度!? 7月なのに! 冬か! 寒い!!
(※実際はそんなわけがない。22.7度だと思う)

レンガ調のターミナルビルを見上げ、この旅も終了間近であることをしみじみと実感する。
「出発」の二文字が、非日常の終わりと現実世界への再合流を強制してくる。
名残惜しさはあるものの、それ以上に水没したスマホのことが心配でたまらん。
早く帰宅して、修理業者に持ち込みたい。その一心で、僕はチェックインカウンターへと向かった。

17:48
チェックインカウンターへ行き、「スマホが壊れた。搭乗券? そんな物理法則を無視したものは出せません!」と開き直る準備(実際は平身低頭する気満々)をしていたが、カウンターのグランドスタッフさんの方から声をかけられた。
使用機材の到着遅れで、出発が遅延するという。
それは了解だ。不確定な未来を告げられたついでに、我がスマホ、水没せり!の悲劇を話し、お赦しをいただいた。
身分証明となる免許証と搭乗者名簿を突合し、実存を証明したのちに紙の搭乗券を発券してもらった。
紙の搭乗券! 実に久しぶりだ。
物理媒体を手にし、ようやく一安心する。電池切れもフリーズもないアナログの安心感は、デジタルデバイスのそれとは格が違う。
手元には19時10分発、東京・羽田行きのADO 80便のチケット。
もともと21:05着の予定なので、帰宅は22時を回る。
妻子はもう寝静まっている時間で、会えないのが残念だ。
しかしこれ、さらに遅延するとなれば、果たして何時に現世に辿り着けるのだろうか。

使用機到着遅れのお詫びということで、搭乗券といっしょに「飲食券」なるものをもらった。金額1,000円。
旅慣れていない僕は、こんな金券をもらってしまってドキドキしてしまう。
へえ、飛行機って遅れるとこんなお小遣いをくれるのか。JRとは大違いだな。
「発行日当日・発行空港に限り有効」
ということは、今から1〜2時間以内にこの1,000円を「何としてでも」使い切らなければならない。
ええと、これでお土産物は買え・・・ないか。「飲食」のための券だもんな。
何かこれで飲み食いして、イライラを収めてくれ、という航空会社からの「なだめ」だ。
ちょうど空港で夕食を食べるつもりだったので、渡りに船だ。
よく見ると「事由 DLY」と書いてあった。
DLYとはなんだろう? と思ったが、おそらく「Delay(遅延)」の略なのだろう。

17:53
掲示板には非情な「使用機到着遅れ」の文字。
すでに定時運行の望みは絶たれていた。
隣の千歳行きが「出発済み」という平穏な事実を突きつけてくる中、僕のADO 80便だけが、不確定な未来を背負わされている。

17:56
搭乗待合室には、僕と同じく「足止め」を食らった同志たちが、所在なげにスマホを眺めている。
いいよな、君たちのスマホは動いていて。
空港という場所は、予定通りに動いている時は高揚感に満ちているが、一度立ち止まると、途端にがらんとした空虚な空間へと変貌する。
保安検査場の中に入ると負けな気がするので、ギリギリまで外で粘ることにする。
たぶん、こういう規模の空港だったら搭乗口近辺に売店こそあれ、ちゃんとした飲食店はないだろうし。
(つづく)

コメント
コメント一覧 (2件)
何はともあれ"リアルタイムとは別のパラレルをーるどを往く"おかでんのご帰還めでたし。
スマホも保険でなんとかなったようでそこもまた良し。(Fujiの一眼が心配でなりませんが…)
それにしても"振り返れば、斜里岳は本当に楽しい山だった。"果たしてそうか?うーん、わからん。山男の思考はさっぱりわからん。今後の活躍も期待しております。
zennさん>
富士フイルムのカメラをご心配いただき、ありがとうございます。
そう言われてと気がついたのですが、この記事の最後に載せている「故障したスマホ」の写真、まさにX-T20で撮ったものでした。機動力を重視したい場面で、あえてごつい一眼カメラを取り出して構えているというのは、冷静に考えるとかなり倒錯していて面白い絵面ですね。
先日からzennさんには「新しくカメラを買うなら?」という個別のお話をさせていただいていますが・・・いずれ、あるタイミングから「おや?記事の写真の質感が変わったぞ?」という局面が訪れるはずです。
もし変化に気づかれましたら、ぜひ早押しクイズの勢いで「カメラ買い替えただろ!」と突っ込んでみてください。楽しみにしています!