川を越え、雨に打たれ、風にあおられて【斜里岳】

霧に包まれた清岳荘の駐車場。視界が悪く、遠くの木々が霞んでいる様子。

18:25
外が真っ暗になる前に夕ご飯を食べよう。

今回は、買ってきたホルモンを焼いて食らう大宴会だ。
山小屋の屋内で景気よく脂を飛ばすわけにはいかないので、当然、戦場は屋外となる。

外は、より一層ガスが立ち込めていた。
さーっと冷気が肌を撫でる。明日から7月だというのに、なかなかどうして、普通に寒い。

明日の予報は雨。これはもう、仕様だと思って覚悟を決めている。
今更、神様に向かって「どうか晴天を」なんて懇願するのは、あまりに無理筋だ。
「こっちは忙しいんだ、ふざけんな」と神様からクレームが来るレベルの自分勝手というものだ。
せめて雨がひどくなりませんように、と小規模な妥協案を提示することくらいしか、今の僕にはできない。

駐車場を見ると、合計4台が停まっていた。
この施設に送迎バスや公共交通機関でやってくる人はいない。
つまり、ここに停まっている車が、現時点の宿泊客のすべて。
道理で、建物内がスカスカなわけだ。

「よし、今日は快適な寝床が約束されたぞ。明日は静かな山歩きだ」
・・・と、この時は余裕をぶっこいていたのだが、19時を過ぎたあたりから続々とお客さんがやってきて、2階の寝床はほぼ満員御礼となった。
単にみんなの到着が遅かっただけだ。

ここが「山小屋」だと思えば、19時着は非常識な遅刻だが、ここは山麓の「宿泊施設」だ。
しかも素泊まり専用で風呂もシャワーもない。
下界でお風呂と食事を済ませてから、寝るためだけにここに辿り着く。
なるほど、それがこの宿の正しい攻略法なのかもしれない。

屋外のコンクリート製洗い場とザック置き場。泥落としの注意書きが貼られている。

18:17
靴洗い場と思しき水場。
ご丁寧にザック置き場としてメッシュのひな壇まで用意されているホスピタリティだ。

しかし、肝心の水道管に蛇口がついていない。取り外されている。
そして貼られた「くつ又はスパッツ等の泥落しは機械室前くつ洗い場で!!」という宣告。

設備は整えたものの、途中で方針転換があったらしい。

そりゃ、タンクローリーで水を運んでいるような環境だ。
靴を洗うために潤沢に水を使われてはもたないのだろう。納得だ。

屋外蛇口に貼られた「この水は飲めません」という注意書きと登山口への階段。

この水場の裏手に回ってみると、手洗い場があった。

ここは水が出る。ただし、公衆浴場の蛇口のように、押してから一定時間で勝手に止まる「無駄遣いさせないぞ」という意志を感じる節水タイプだ。

ここにも燦然と輝く「この水は飲めません」の文字。
できることは手を洗うか、タオルを濡らす程度。
煮沸すれば飲めるのか、それともどんな努力も無駄なレベルなのかは不明だ。

よくわからない水に賭けるより、下界から大量に水を持ち込むのが正解だろう。
余った分は車にデポしておけばいいだけのことなんだから。

霧のテラス席でバーナーを準備する男性。EPIガスのカートリッジを手に持っている。

18:29
さて、夕食の準備にとりかかる。

火を使う際は板を敷くように、との指示に従い、あずま屋のテーブルに板を敷いてガスストーブを設置する。
ガスは女満別のニッポンレンタカーで購入したものだ。これがなければ今夜の宴は成立しなかった。本当に助かる。

ただし、今夜使うのはこの缶の4分の1にも満たないだろう。
結局、最後はレンタカー屋さんに引き取ってもらうことになる。
もったいない気もするが、これも北海道登山のコストとして甘受するしかない。

日糧製パンの北海道小麦の白あんぱんとメロンデニッシュのパッケージ。

18:38
もちろん、コンビニのパンやお惣菜だけで済ませれば楽なのは百も承知だ。
でも、夕ご飯くらいは盛大にいきたいじゃないか。
山において、チェックインから消灯までの時間は、何物にも代えがたい極上の「自分時間」だから。

写真は明日のお昼用。
ご当地感を求めて「北海道」の文字が躍るパンをチョイスした。

理想は下山後にどこかで豪華なランチだが、悪天候でペースが落ちれば山中でシャリバテになる危険もある。
「下山してから」という期待が裏切られた時の絶望は深い。保険としてのパンは必須だ。

テーブルに並べられた夕食の食材。ノンアルビール、袋蕎麦、バーナーなど。

18:39
今夜の豪華ディナーの全貌。
ノンアルコールビールが4缶も並ぶ様は、まさに圧巻。これを豪華と言わずしてなんという。

「一人でそんなに飲むのか?」と自分でも思うが、旅の恥はかき捨てだ。
普段はこんなに飲まない(はず)だけど、今日はもう、自分を甘やかすことにした。
いくら飲んでも1ミリも酔わないので、ただただトイレが近くなるだけの不毛な時間が約束されている。

メインはホルモン。そしてシメには「どじょうそば」という聞き慣れない蕎麦をスタンバイさせた。

18:46
自宅にビデオ通話を繋ぐ。ちょうど息子が食事の真っ最中だった。

「ん? んん?」
スマホの画面越しに映る、見慣れた、しかしどこか所在なげな父親の姿を不思議そうに見つめている。
なぜパパが食卓にいないのか、なぜこの小さな板の中にパパがいるのか。
2歳児の頭の中には、宇宙の真理並みの疑問が渦巻いているようだ。

一泊二日の斜里岳強行軍。
明日の夜には東京に戻るが、家に着くのは深夜。息子に触れられるのは明後日の朝だ。
「贅沢な旅」という名の、ただのバタバタした移動である。

明日は雨、渡渉、そしてヒグマ。何があるかわからない。
現時点で僕はまだ五体満足で生存していることを、パートナーの「いし」に報告しておく。
登山のセーブポイント更新、といったところだ。

クッカーの中で茹でられているもやしと、横に置かれた空のノンアル缶。

19:05
クッカーの中では、もやしが景気よく湯気を上げている。
つい勢いで二袋も買ってしまったが、なかなかのボリュームだ。

僕が持ってきたのは「煮る・茹でる」用のクッカー。
肉を直で炒めると、タレが焦げ付いて一瞬で大惨事になる仕様だ。
そのため、緩衝材としてもやしを先に投入して「蒸し焼き」状態にするという、ささやかな生存戦略をとる。

霧の中で夕食を食べ、ノンアルビールを飲む男性。背景は真っ白な霧。

19:14
誰もいない霧の屋外で、一人ノンアルコールビールを煽る。
・・・うん、うまい。
うまいが、やっぱり普通に寒い。

寝るときにリラックスしたいからと短パンで過ごしているが、完全に裏目に出た。
クッカーからの湯気はあるものの、今夜のメニューに汁物はない。
ひたすら冷えたノンアルを流し込む。
僕の体温は、上がる要素を一つも見つけられないまま、夜の静寂に溶けていくのだった。

(つづく)

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 何はともあれ"リアルタイムとは別のパラレルをーるどを往く"おかでんのご帰還めでたし。
    スマホも保険でなんとかなったようでそこもまた良し。(Fujiの一眼が心配でなりませんが…)
    それにしても"振り返れば、斜里岳は本当に楽しい山だった。"果たしてそうか?うーん、わからん。山男の思考はさっぱりわからん。今後の活躍も期待しております。

  • zennさん>
    富士フイルムのカメラをご心配いただき、ありがとうございます。
    そう言われてと気がついたのですが、この記事の最後に載せている「故障したスマホ」の写真、まさにX-T20で撮ったものでした。機動力を重視したい場面で、あえてごつい一眼カメラを取り出して構えているというのは、冷静に考えるとかなり倒錯していて面白い絵面ですね。

    先日からzennさんには「新しくカメラを買うなら?」という個別のお話をさせていただいていますが・・・いずれ、あるタイミングから「おや?記事の写真の質感が変わったぞ?」という局面が訪れるはずです。

    もし変化に気づかれましたら、ぜひ早押しクイズの勢いで「カメラ買い替えただろ!」と突っ込んでみてください。楽しみにしています!

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