川を越え、雨に打たれ、風にあおられて【斜里岳】

霧に包まれた急峻な岩壁を流れ落ちる巨大な連瀑

07:28
どこからが滝でどこまでが滝なのか、もはやわからなくなってきた。
それだけ、この沢は一貫して斜度が大きい。

これまでの僕の概念では、称名滝とか華厳の滝みたいに、ドカンと一気に落差があるのが「滝」だと思っていた。
流れ落ちる水は空中をストーンと垂直落下する。まるで水道の蛇口を全開にしたかのように。

しかし実際は、ごらんの通り山の斜面を這うようにして、長い滝がどこまでも続く。
「垂直」ではなく「斜面」を落ちるのが、この山の流儀らしい。

こんな滝の脇を延々と登らされるのだから、本来なら足に相当な負担がくるはずだ。
だが、後で思い返してもここがキツかったという記憶が残っていない。
たぶん、圧倒的な景色に気を取られ、疲労を感じる機能を一時停止していたのだろう。

それともう一つ、疲労を忘れるほどに気がかりなことがあった。
スマホだ。

スマホが濡れて使い物にならなくなるのを恐れ、今回の僕は用意周到に防水ケースを用意していた。
首からストラップでぶら下げ、準備は万全。そこまでは良かった。
しかし、記録のためにひっきりなしに操作するため、ケースからスマホを頻繁に出し入れしていたのが、完全に裏目に出た。

ふとスマホケースに目をやると、なんと内部が浸水している。
ケースの口がちゃんと閉まっていなかったせいで、あろうことか「雨水を貯める袋」と化していたのだ。
僕のスマホは、その中で浅漬けを作っている野菜のように、たっぷりの雨水に浸かっていた。うわあ。

このとき使っていたスマホは、バッテリーが適度に劣化した、いわば「お疲れ気味」の個体だった。
そこにヤマレコ、YAMAP、さらにはCompassという山用アプリを3つ同時起動し、GPSログをフル稼働させていたものだから、残量はみるみる減っていく。
山頂に辿り着く前だというのに、モバイルバッテリーを繋いでの「輸血」が欠かせない状態だった。

当然、防水ケースに巨大なモバイルバッテリーを詰め込む余裕はない。
結果、USBケーブルがケースからニョロリと外に出た状態で運用せざるを得ず、密閉は不可能。
そこに雨水がジャブジャブと流れ込んだというわけだ。床下浸水どころか、完全なる床上浸水。
画面の4分の1ほどが水没している光景を目の当たりにして、僕は天を仰いだ。

一応、カタログスペック上は「防水」を謳っている端末なので、即死こそ免れた。
しかし、USB端子のショートを防ぐための保護機能が発動し、「USBポートに水分または異物が検出されました」という非情な宣告が画面に居座り続けた。
そして、一切の充電を受け付けなくなった。これには参った。

今でこそ「乾けば治る、そういう仕様だ」と落ち着いていられるが、当時は「終わった、完全に壊した」とほとほと弱り果ててしまった。
ソロ登山において、連絡手段を喪失するのは致命的だ。
昔々、登山のためにアマチュア無線の国家資格を取ったこともあったが、結局一度も開局することなく今に至る僕にとって、スマホは唯一の生命線なのだ。

この悪天候、しかも沢歩き。何かあった時の連絡手段がないというのは、実に心許ない。
それ以上に気になるのが、無事に下山できたとして、果たして女満別空港の飛行機に間に合うのか、という時間管理だ。
標準コースタイムはサイトによってバラバラ。自分がどのペースで歩けているのか、GPSとネットがなければ判断がつかない。

最悪、乗り遅れた際の手配はどうする? レンタカー会社や航空会社への連絡、家族への生存報告、それら全てがスマホという板切れ一枚に依存している。
さらに厄介なのは、今時のチェックインや搭乗券がアプリ上で完結していることだ。
空港で「スマホが壊れました」と申告すればどうにかなるだろうが、最後まで心配の種が尽きないのが気持ち悪い。

スマホが浸水で壊れるのが先か、あるいは充電不能のままバッテリーが干上がるのが先か。
これはなかなかのヒヤヒヤものだ。これからは極限の節電運用を強いられることになる。

「見晴の滝」と書かれた木製の看板と濡れた土の道

07:29
今、目の前に現れたのは「見晴の滝」という名前だった。

この滝を拝めたということは、沢コースもいよいよ後半戦に突入だ。

霧の中で雨に濡れながら咲く薄紫色の高山植物

07:31
雨に濡れる、名もなき(僕が知らないだけだが)花。

「後で調べよう、今はそれどころじゃない」と自分に言い聞かせ、とりあえずシャッターだけ切っておく。
・・・が、結局調べないし、調べたところで判別がつかないのが高山植物の常だ。
仮に名前がわかったとしても、翌朝には綺麗さっぱり忘れている自信がある。

高山植物は山域ごとに固有の種が多いから、せっかく覚えた知識が他の山では役に立たないこともザラにある。
まあ、そんな「一期一会」という名の忘却も、登山の醍醐味か。

深い霧に覆われ視界が遮られた山肌の風景

07:31
見晴の滝を振り返ってみる。

本来ならオホーツク海の絶景が眼下に広がるはずだが、現実はこれだ。
どこを向いても霧、霧、そして霧。眺望という概念がそもそも存在しない世界。
あまりに視界が閉ざされているので、ここが海沿いの山であることを忘れ、深山幽谷に迷い込んだような錯覚に陥る。

・・・あ、でもここは十分に「山奥深く」なのだろうな。海が近い、という僕の認識は、北海道の地図を見た際に感じた誤解だ。

滝の落ち口から霧の底へ向かって流れる水を見下ろした視点

07:32
見晴の滝の落ち口から、下を見下ろす。
かなりの崖だ。水が音を立てて奈落へと吸い込まれていく。
本来なら高度感に足がすくむ場面だが、霧が視界を程よくぼかしてくれるおかげで、不思議と怖くはない。

いや、むしろ「これだけの標高を自力で稼いだのだ」という、ある種の実感が誇らしく、恐怖を上回っていた。
怖いだなんて言っている暇があるなら、一歩でも上へ。そんな心境だ。

沢の中央に置かれた大きな岩と激しい水流

07:33
見晴の滝を過ぎると、それまで切り立っていた地形が少し緩み、沢が開けてきた。
左右から迫っていた崖が遠のき、周囲が少し明るくなる。

ガスで視界は最悪、雨でメガネも水滴だらけ。視界不良のダブルパンチだが、それでも前へと進んでいく。
不自由を楽しむ、なんて殊勝なことは言えないが、この状況を受け入れるしかない。

赤茶けた岩盤の上を薄く広がりながら流れる穏やかな水

07:35
滝というほどではない、緩やかな落差。

激しい連瀑を越えてくると、こういう穏やかな流れがどこか微笑ましく見えてくる。
僕の目も、ずいぶんと「斜里岳仕様」に肥えてきたようだ。

なお、床上浸水のスマホは依然として虫の息だ。
いつ絶命するか分からないため、撮影は極力一眼カメラ(富士フイルムX-T20)で行うことにした。
高価な機材を雨ざらしにするのは本末転倒な気もするが、スマホが死んでデータごと全滅するリスクを考えれば、背に腹はかえられない。

「画像データの保存先、内部ストレージだったか、SDカードだったか・・・」
そんな俗っぽい不安を抱えながら、雨の中でシャッターを切り続ける。

二つの沢が合流する地点に咲く黄色い花の群落

07:36
二つの流れが一つに合流する地点に出た。

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 何はともあれ"リアルタイムとは別のパラレルをーるどを往く"おかでんのご帰還めでたし。
    スマホも保険でなんとかなったようでそこもまた良し。(Fujiの一眼が心配でなりませんが…)
    それにしても"振り返れば、斜里岳は本当に楽しい山だった。"果たしてそうか?うーん、わからん。山男の思考はさっぱりわからん。今後の活躍も期待しております。

  • zennさん>
    富士フイルムのカメラをご心配いただき、ありがとうございます。
    そう言われてと気がついたのですが、この記事の最後に載せている「故障したスマホ」の写真、まさにX-T20で撮ったものでした。機動力を重視したい場面で、あえてごつい一眼カメラを取り出して構えているというのは、冷静に考えるとかなり倒錯していて面白い絵面ですね。

    先日からzennさんには「新しくカメラを買うなら?」という個別のお話をさせていただいていますが・・・いずれ、あるタイミングから「おや?記事の写真の質感が変わったぞ?」という局面が訪れるはずです。

    もし変化に気づかれましたら、ぜひ早押しクイズの勢いで「カメラ買い替えただろ!」と突っ込んでみてください。楽しみにしています!

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