
女満別空港の電光掲示板には、「遅延」を示す不吉な黄色い文字が並ぶ。
結局、僕が乗る予定だったAIRDO80便は、定刻19時10分のはずが20時10分へと無慈悲に変更され、きっちり一時間のディレイが確定した。
これでは東京の自宅に帰り着く頃には、妻子ともに夢の中、寝静まっていることだろう。

20:17
機内に漂うジェット燃料の香りを大きく吸い込みながら、北海道の最後の余韻に浸る。
さようなら、女満別空港。
振り返れば、斜里岳は本当に楽しい山だった。実にドラマチックで、もう一度、今度はスカッと晴れた時に登ってみたいと思わせる名峰だ。
しかし、あの過酷な行程をまた一人でストイックに登るのはさすがに面倒が勝る。どうせなら、子どもを連れて再びこの地を訪れたいな・・・などと、旅の終わりにセンチメンタルな妄想が頭をよぎった。
だが、そう現実にシフトしようとした瞬間、脳内の計算機が冷徹な数字を叩き出す。
あと10年後じゃ、まだ子どもは小さすぎるか。ならば15年後、それとも20年後?
いや待て、その時、僕は一体いくつだ?
悲しいかな、その頃にはとっくに登山から引退していなければならない年齢に達している。
「ああ、もう無理なのかなあ」と思うと、夜の駐機場を見つめる胸の奥が、急速に寂しさで満たされていくのだった。
良い山に登り、そして悔しい思いをする。
それら全ての経験が、「次こそは!」という未来へのモチベーションに繋がるはずなのだが、悲しいかな50代のオヤジは「子どもという次世代の依り代を使って、自分の夢を再度実現させる」という、なんとも都合の良い方向へと脳内エスケープしがちだ。
その結果、「いや、その前に僕自身が老いさらばえて、子どもと一緒にあれこれ遊ぶことなんて無理だわ」と、己の年齢という冷酷な現実に直面し、一人勝手に意気消沈するのだった。
2023年07月03日(月) 後日談

下界の日常に戻ってきて2日が経過した。
あの斜里岳の猛烈な雨でグチョグチョに濡れた登山用品たちは、帰宅直後の執念の洗濯とメンテナンスによって、すでにきれいに片付け終わっている。
結婚して以来、僕は「帰宅したら間髪入れずに道具の手入れを完遂する、几帳面なひと」へと変ぼうした。
荷物の片付けを「明日でいっか」と翌日以降に回すと、面倒がまさるからだ。
それでも、我が家にはまだ、どす黒く未解決のまま鎮座しているものがあった。
あの山で臨終を迎えかけた、僕のスマホだ。
さすがにこのまま放置しっぱなし、というわけにはいかないので、都内の修理業者の予約を事前に確保し、店頭で直接オペをしてもらう段取りを組んである。
僕が愛用しているGoogle Pixelシリーズは、ありがたいことに「iCracked(アイクラックト)」という大手チェーンの修理業者がGoogle公認の正規サービスプロバイダとなっており、パーツはすべて安心の純正品と交換してくれる。
この頼れる駆け込み寺が都内のあちこちに展開されている事実こそ、使い勝手が抜群に良く、次もGoogle Pixelを選ぼうと思わせる重要な購入動機になりうる。
さて、東京へ戻ってからというもの、わらをもすがる思いで、カメラ愛好家の聖域である「防湿庫」の中にスマホを24時間以上密閉し、内部の水分を吸い出し尽くす限界乾燥作戦を敢行していたわけだが・・・。
泣いても笑っても、結果は今ここで決まる。
運命の、スイッチオン。

圧倒的な、敗北感。
電源を入れた刹那、目に飛び込んできたのは、SF映画のバグ画面のようなサイケデリックな垂直のカラーノイズライン。
間違いコードを全力で主張する、液晶の断末魔であった。
思い返せば登山中は、まだ「画面は辛うじて表示されるものの、致命的な縦筋が何本か走る」という不穏な状態にとどまっていた。
それが時間の経過とともに、液晶の侵食が進むかの如く縦筋が何本も増殖し、いよいよ完全にタッチ操作すら受け付けなくなっていった。そこまでが、あの命からがらの北海道編のあらすじだ。
そして舞台を大都会・東京へと移してみれば、もはや画面全体が不気味な漆黒に沈没している。
その闇の隙間を埋めるように、紫と白の禍々しい縦線がバーコードさながらにずらずらと整列しているのだ。
ああ、これはもう、ここからさらに何日乾燥させようが、何をしようが手遅れなやつだ。
ここからの奇跡の大逆転サヨナラ満塁ホームランなんて、現実世界にあるわけがない。

北の大地の豪雨を容赦なく内部へと迎え入れたであろう、USB Type-Cポートとスピーカーの穴を恨めしく凝視する。
しかし、あの容赦ないバケツをひっくり返したような雨の前では、責める方が酷というものだ。
だって、僕のPixel 4aは防水スマホでも何でもない、ただの無防備な精密機械なんだし。
だが、捨てる神あれば拾う神あり。
不幸中の幸いというべきか、僕が登山前に念のために加入していた「モンベル野あそび保険」が、その真価を発揮してくれた。
スマホの水没なんて、どうせ「自己責任の極み」として保証対象外だろうと高を括っていたのだが、ダメ元で約款を調べてみたら、なんとスマホの水没破損もバッチリ保険の補償範囲内だという。
嘘だろ、神かよモンベル。やった、保険がきくぞ!
この瞬間、僕は「保険というのは、単に遭難した時の自分の命や、ヘリの救助費用を守るためだけのものではないのだな」という、あまりにも当たり前すぎる真理に、この歳になってようやく気がついたのだった。
これにいたく味を占めた僕は、これ以降の登山戦略を改めた。
大してリスクのないお気楽なハイキングでは、物損保証のないシンプルな保険。
一方で、一滴でも雨が降る可能性があったり、岩場がある山に挑むときは、迷わず物損保証が手厚い保険。
このように、状況に応じて保険を狡猾に使い分けるようになった。
「対人対物と救助さえフォローできていれば良し」という安易な思考停止を捨て去り、「山に行けば、高確率で何かが物理的に壊れる」という大前提を念頭に、極めてロジカルにリスクヘッジを構築するようになったのである。山の男としての、小さすぎる進化だ。

というわけで、先ほどから手元の代替機で、壊れたスマホを四方八方から写真に撮りまくっている。
言うまでもなく、保険会社という厳格な審判に提出するための、揺るぎない「根拠資料」を構築するためだ。
「ほら見てください、外装は無傷でしょう。どこも岩にぶつけて踏み潰したりしていませんよ。純然たる『水没』ですよ」
と、物言わぬ死体から間接的に事件の原因を証明しようと躍起になっているわけだ。
まあ、事務処理マシーンである保険会社相手に、そんな涙ぐましい外観アピールをしたところで、保険金がおりるおりないの冷徹な判断に1ミリのパッションも影響しないとは思うが、一応の抵抗だ。

しかしここで、新たな疑問が脳内を支配する。
「確かに保険に加入している『期間中』に、ピンポイントで山で壊れました」という事実を、一体全体どうやってお上に証明すればいいんだ?
あっ、そうだ。
登山前日の夕方、移動中の乗り物の中から、弊息子タケと生存確認のビデオチャットをやっていたじゃないか。
その際に、タケの笑顔とともにスマホが元気に駆動している様子を別のカメラで撮影した写真が、ばっちりストレージに残っている。
つまり、あの時点まではスマホが五体満足であったことの最高にして不可避の証明になる。
そして下山後の、このサイケデリックバーコードな有様だ。
この「登山前」と「下山後」の証拠写真を並べて突きつければ、いかに冷徹な保険会社といえど、登山中の不慮の事故による破損であることを認めざるを得ないだろう。
ということで、保険会社には「スマホのなかで微笑む弊息子タケ」の写真も証拠写真として提出した。
「あれっ、待てよ?でもこれは、登山前日であるという証拠にはならないか?」・・・心配しだすと、きりがない。

修理ピットに横たわる、我が愛機Google Pixel 4a。
背面のフタを、熟練の店員さんの手によってパカリと外された状態だ。
カウンター越しに店員さんが苦笑交じりに告げるには、やはり僕の見立て通り、容赦ない浸水の影響で液晶そのものが完全にショートして逝っているとのこと。
幸いなことに、基盤の核まで死んではおらず、液晶パネルの全交換を施せばまだ現役としてイケるということなので、迷わずその場で蘇生手術をお願いすることにした。
こうやって白日の下に晒されたスマートな精密機械の中身を凝視すると、黒いシールドのあちこちに、乾ききった白いシミが不規則に浮かび上がっている。
これ、間違いなく斜里岳の激流と化していた雨水のシミだろうな。
だとすると、僕の想像を遥かに超えるレベルで、内部深くまでじっくりとドブ漬け浸水していたわけだ。よくぞ一瞬でも動いていたなと、逆に感心してしまう。
細かい金額は忘却の彼方に消え去ったが、確か2万円近くのお金をその場で支払って修理を完了させた。
そしてその足で、手に入れた領収書を武器に保険会社へ電撃的な保険請求を敢行したところ、しばらくしたら免責金額をきっちり差し引いたお金が何事もなかったかのように僕の口座へと振り込まれた。日本の金融システムの優秀さに、いたく感心したものである。
結論:山に登るなら、何はともあれ保険には絶対に入っておくべきだ。
道中でスマホが死ぬなど、色々と想定外の不条理なトラブルにも見舞われた北海道遠征だったが、それを差し引いても斜里岳は本当に、エキサイティングで面白い山だった。
登山口から山頂、そして下山に至るまで、これほどまでに変化に富んだアトラクション満載の山は全国を探してもなかなかないだろうから、まだあの激流と泥の洗礼を浴びたことがないという登山愛好家諸君には、是非とも強くお勧めする。
(この項おわり)

コメント
コメント一覧 (2件)
何はともあれ"リアルタイムとは別のパラレルをーるどを往く"おかでんのご帰還めでたし。
スマホも保険でなんとかなったようでそこもまた良し。(Fujiの一眼が心配でなりませんが…)
それにしても"振り返れば、斜里岳は本当に楽しい山だった。"果たしてそうか?うーん、わからん。山男の思考はさっぱりわからん。今後の活躍も期待しております。
zennさん>
富士フイルムのカメラをご心配いただき、ありがとうございます。
そう言われてと気がついたのですが、この記事の最後に載せている「故障したスマホ」の写真、まさにX-T20で撮ったものでした。機動力を重視したい場面で、あえてごつい一眼カメラを取り出して構えているというのは、冷静に考えるとかなり倒錯していて面白い絵面ですね。
先日からzennさんには「新しくカメラを買うなら?」という個別のお話をさせていただいていますが・・・いずれ、あるタイミングから「おや?記事の写真の質感が変わったぞ?」という局面が訪れるはずです。
もし変化に気づかれましたら、ぜひ早押しクイズの勢いで「カメラ買い替えただろ!」と突っ込んでみてください。楽しみにしています!