川を越え、雨に打たれ、風にあおられて【斜里岳】

赤茶けた岩が並ぶ緑豊かな沢の風景。奥には小さな滝が見える。

05:50
緑のトンネルをくぐりながら、赤茶けた沢を遡上していく。

水音だけが大きく響く中、黙々と歩く。

ピンクリボンを探し、足場となる岩を吟味しながらの歩み。

これはかなり頭を使う。

もはや登山というより、複雑な迷路か、解き方の見えない立体パズルを解かされている気分だ。

その集中力のおかげか、不思議と疲れは感じなかった。

小雨に打たれ、いちいち自分の疲労に気を取られている余裕がなかっただけ、という説もあるけれど。

沢の中央に鎮座する大きな角ばった岩と、その脇を流れる白い水流。

05:51
行く手を阻むように居座る巨大な岩。

この上を通り、対岸へと渡る。

周囲を洗う水流は白く泡立ち、なかなかの激流っぷりだ。

同じ川なのに、場所によっては穏やかな小川に見え、ここでは牙を剥いた険しい表情を見せる。

見た目がころころと変わる。

赤褐色の岩肌が露出した浅い沢と、右側のシダに覆われた斜面。

05:54
ほら、さっきの岩のすぐ上流がこんな感じ。

あまり深い川ではない。

強い雨が降ったとき、どれほど増水するのか想像もつかないが、現時点ではせいぜいくるぶしより上程度の水位だ。

岩についた苔で滑って尻もちをつく程度はあるだろうが、溺死したり流されたりする雰囲気ではない。

おっと、油断は禁物だ。転倒は致命傷になりかねないのだから。

防水ケースに入れたスマホとピンクゴールドのクマ鈴を持つ手元のアップ。

05:54
本日の兵装を確認。

今回新調した、スマホ用の防水袋だ。ジップロックのようなチャックがついている。

今回の登山は、雨と川という水だらけの一日になることが確定しているからだ。

スマホはもはや、単なる連絡手段ではない。

登山地図であり、安否確認ツールであり、電子マネーであり、帰りの航空券そのものだ。

これを濡らして壊すことは、現代社会からのドロップアウトを意味する。

この商品、「袋に入ったまま写真が撮れる」という謳い文句だったはずだ。

そんな馬鹿な、ビニール越しに綺麗に撮れるわけがないだろ?と半信半疑だったが、実際に使ってみると案の定その懸念のとおりだった。

結局、撮影のたびに取り出さないと、まともな写真は撮れないのだ。世の中、そう上手くはいかない。

さらに、濡れた袋越しに指紋認証やスワイプを試みるも、誤動作が多く、ストレスが溜まる。

結局、地図を確認する際も袋から取り出す羽目になった。「レインウェアのポケットに入れているのと何が違うんだ?」と思ったが、首からぶら下げていられるという点ではメリットだ。

そしてこの袋と一緒にぶら下げているのが、ピンクゴールドに輝く鈴。

熊よけだ。

ルート上に「熊見峠」なんて物騒な名前がある通り、ここはヒグマの生息地だ。

鉢合わせたら最後、僕という個体はただのタンパク源になってしまう。

「来ないでッ!チリンチリン」という切実な願いが込められているのだ。

沢の脇に積み重なった濡れた岩と、上から覆いかぶさる広葉樹の葉。

ところが、実際に歩いてみて悟った。

沢の水音が大きすぎて、この優雅な鈴の音を完全にかき消してしまっている。

音色はスタイリッシュで涼やか。瞑想するには最高だが、熊よけとしてはあまりに非力だ。

こんなことなら、もっと下品な音が鳴り響くカウベルでも用意しておけばよかった。

仕方がないので、時折「ああーーーー!!!」と僕自身が叫びながら進むことにした。

自分の声が最大の防御。水音に負けじと叫ぶ。なかなかどうして、見苦しい光景だ。

霧に包まれた沢の遠景。赤茶けた岩が点々と続き、奥へと消えている。

05:58
渡渉ポイントを記録に残そうと撮影を続けているが、後で見返してもどこから来てどこへ向かったのか、写真からではさっぱり判別できない。

ピンクリボンが誘ってくれるかって?

いやー、それがそうでもないのだよ。見てよこの茂り具合。

水が豊富な川沿いは、草木の成長スピードが早い。頼みのピンクリボンは葉の影に隠れてしまう。

透明な水が流れる川底の赤茶けた岩のクローズアップ。

05:59
川をじっと観察し、コスト(ダメージ)の低いルートを吟味する。

どこが浅いか?水に突っ込むとして、どこなら安全か?

その際、苔で黒ずんでいる岩を選んではいけない。

踏ん張りがきかず、つるっと滑って「おっとっと」となるのがオチだ。

段差になった沢を流れる激しい水流と、複雑に配置された大きな岩。

06:00
沢は再び険しさを増し、アスレチックじみた段差が連続する。

どの岩に足をかけるべきか、瞬時の判断が求められる。

幸い、この山の岩肌は濡れていてもそれなりにグリップが効く。

スーパーマリオのようにジャンプし、時には大きく足を上げてよじのぼる。

霧で霞む前方の斜面。手前の岩には鮮やかな緑の苔がついている。

06:02
前方の茂みに、ようやく次のピンクリボンを捉えた。

さあ、この激流のどこを渡ろうか。パズルの解答を導き出す作業は続く。

沢を横切る枝に結ばれたピンクの目印テープ。背景には激流が見える。

06:04
ひたすら沢を登り、沢が「もう水が出ないよ!」とギブアップするまでこの修行は続く。

道に迷う心配がないのは安心だが、先人が切り開いたベストプラクティスを示すリボンを探すのがとにかく厄介だ。

特に僕のようにメガネを装備している個体にとって、雨の日は圧倒的に不利だ。

レンズに付着する水滴で視界が遮られ、レインウェアのフードのせいで首の可動域も制限される。

不自由な視界の中で、正解のルートを探し続ける。

(つづく)

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 何はともあれ"リアルタイムとは別のパラレルをーるどを往く"おかでんのご帰還めでたし。
    スマホも保険でなんとかなったようでそこもまた良し。(Fujiの一眼が心配でなりませんが…)
    それにしても"振り返れば、斜里岳は本当に楽しい山だった。"果たしてそうか?うーん、わからん。山男の思考はさっぱりわからん。今後の活躍も期待しております。

  • zennさん>
    富士フイルムのカメラをご心配いただき、ありがとうございます。
    そう言われてと気がついたのですが、この記事の最後に載せている「故障したスマホ」の写真、まさにX-T20で撮ったものでした。機動力を重視したい場面で、あえてごつい一眼カメラを取り出して構えているというのは、冷静に考えるとかなり倒錯していて面白い絵面ですね。

    先日からzennさんには「新しくカメラを買うなら?」という個別のお話をさせていただいていますが・・・いずれ、あるタイミングから「おや?記事の写真の質感が変わったぞ?」という局面が訪れるはずです。

    もし変化に気づかれましたら、ぜひ早押しクイズの勢いで「カメラ買い替えただろ!」と突っ込んでみてください。楽しみにしています!

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