
08:32
視界が開けたと思ったら、あっという間に景色が様変わりした。
一気に、荒涼とした景色へモードチェンジだ。
ついさっきまで沢で水と戯れていたというのに、この豹変ぶりはどうだ。
あともう一息、ガレ場の道を歩いて登る。
残念ながら、胸突き八丁の試練はまだ終わってくれそうにない。

08:34
見上げた先に、霧を透かして人影と棒状のシルエットが浮かび上がった。
どうやらあそこが稜線に向かう中継地点なのだろう。
地図上ではここに登山道の分岐はない。
「間違って別のピークを目指すなよ? ここを曲がるんだぞ?」という、親切という名の強制的な合図だ。
先行者がそこにいたという事実に、僕は密かに安心した。
ここまで他の登山客とデッドヒートを演じることもなく、孤独に高度を稼いできたからだ。
つまり、僕はこの人たちより早いペースで登ってこられたということか。
よし、もっと自分に自信を持っていいぞ、僕。
とにかく、自分のペースの妥当性がよくわからない山だ。
トリッキーな登山道のせいで、ガイドブックごとに標準コースタイムがバラバラ。
何を信じていいのか、さっぱり見当がつかないのだ。
もちろん、時間に余裕があるならのんびり歩けばいい。
だが、傾斜でハアハア言いながら休んでいる時、「だらけていないであと一息頑張るべきか、ここは休んで正解の坂か」を判断する物差しとして、コースタイムとの対比は欠かせない。

08:35
「←頂上」と無造作に置かれた石が、進むべき方向を指し示していた。
その脇には、季節に取り残されたような細長い雪の帯が、斜面を這うように横たわっている。
水が流れる沢道、ガレ場、そして雪渓。
斜里岳登山のフルコースをこれでもかと提供されている気分だ。

08:35
道は雪の筋に沿って、さらに濃い霧の向こうへと吸い込まれている。
稜線に出れば視界が開ける・・・なんてのは幻想だ。
悪天候のときは、樹林帯だろうが稜線だろうが、平等に視界は奪われる。
上二俣からここまで、標高差200メートルを30分程度で登ってきたことになる。
それなりにハードだった。さすが「胸突き八丁」、名前に偽りはない。
現在の標高は1,430メートル。
ここから先、山頂までが「馬の背」と呼ばれる道となる。
登山用語で馬の背といえば、痩せた尾根のことだ。
「右も左も崖だぞ」というスリリングな状況が宣言されているわけだが、いかんせん霧が濃すぎる。
山頂が見えないので、さあこれから馬の背だ、という高揚感に乏しいのが、なんとも寂しい。

08:36
日当たりが比較的良さそうな場所なのに、雪がまだしぶとく残っている。
こういう光景に出会うと、北海道までやってきた実感が改めて湧く。

08:39
周囲は背の低いハイマツの海に変わった。
馬、というよりもゾウの背中のように広い尾根を、ただひたすら歩いていく。

08:42
倒木に寄り添うように、小さなピンク色の花が咲いていた。
エゾノツガザクラ。可憐だ。
6月、7月の登山は高山植物のシーズン。
こういう目を楽しませてくれる花があちこちにあるのが、数少ない救いだ。
ただ、よもやこれほどまでに低気圧が北海道に停滞するとは、予想していなかった。

08:43
水滴で滲むレンズ。
拭いても拭いても画像がボヤける。拭いている布自体がすでに絞れるほどびしょ濡れなのだから、これはもう仕様だ。
いつもなら、Peak Designのキャプチャーでザックにカメラを固定している。
だが、この雨中でそれをやったらカメラが死ぬ。
仕方なくポーチに出し入れする手間を繰り返したが、そのポーチも布製で防水性はゼロ。
湿気からは逃れられない運命らしい。

08:44
足場はズルズル、傾斜もそれなり。
いよいよ文明の利器、ポールを召喚することにした。
今回「初めまして」となる、ブラックダイヤモンドのディスタンスカーボンFLZだ。
3つに折りたためるカーボンポールで、とにかく軽くて小さい。
強度を信頼して細身に仕上げたのだろうが、このミニマルさは飛行機移動が伴う遠征には本当にありがたい存在だ。
これまで使ってきたアルミポールは、僕の「使用後の入念な水洗い」という几帳面さが裏目に出て、アルミ錆が発生してしまった。そのため、つなぎ目が固着して伸び縮み不能に。
教訓:登山用具はメンテナンスしすぎない方がいい(場合もある)。

08:46
今回初登場のギアは3つ折りだが、シャキンシャキーンと一瞬で組み立てられる。
2本合わせても20秒かからない。実に気持ちがいい。
以前の「伸縮式」は、ツイストロックを緩めて、引き出して、締めて・・・という儀式を1本につき2回繰り返す必要があった。
あの微調整のストレスから解放されるのはデカい。
山では状況が刻一刻と変わる。
岩場で邪魔になれば即座に片付けたいし、長さもパッと変えたい。
このポールはそれに応えてくれる。もう、あの重くて嵩張る「安い伸縮式」には戻れそうにない。
道具への投資は、心の平穏への投資なのだと実感した。
(つづく)

コメント
コメント一覧 (2件)
何はともあれ"リアルタイムとは別のパラレルをーるどを往く"おかでんのご帰還めでたし。
スマホも保険でなんとかなったようでそこもまた良し。(Fujiの一眼が心配でなりませんが…)
それにしても"振り返れば、斜里岳は本当に楽しい山だった。"果たしてそうか?うーん、わからん。山男の思考はさっぱりわからん。今後の活躍も期待しております。
zennさん>
富士フイルムのカメラをご心配いただき、ありがとうございます。
そう言われてと気がついたのですが、この記事の最後に載せている「故障したスマホ」の写真、まさにX-T20で撮ったものでした。機動力を重視したい場面で、あえてごつい一眼カメラを取り出して構えているというのは、冷静に考えるとかなり倒錯していて面白い絵面ですね。
先日からzennさんには「新しくカメラを買うなら?」という個別のお話をさせていただいていますが・・・いずれ、あるタイミングから「おや?記事の写真の質感が変わったぞ?」という局面が訪れるはずです。
もし変化に気づかれましたら、ぜひ早押しクイズの勢いで「カメラ買い替えただろ!」と突っ込んでみてください。楽しみにしています!