
知床斜里駅内を徘徊していたら、公衆電話を意味する(と思われる)ピクトグラムの看板を発見した。
これだ!僕が今、砂漠でオアシスを求めるかのように渇望していたのは、まさにこれだったんだ!
僕ら昭和世代にとって、この「コの字型」の物体が「受話器」であることは脊髄反射レベルの常識だ。しかし、これからのZ世代にとっては「何これ?」というレベルのオーパーツになるのだろう。会社貸与のスマホが標準装備の令和において、固定電話の絶滅はもはや時間の問題だ。
それはさておき、問題が発生した。公衆電話が設置されているはずのスペースが、ただの「虚無」と化している。がらんどうだ。喫煙所ですらない。かつてそこに存在したであろう痕跡を残しつつ、本体は無情にも撤去された後だった。やられた。現代社会の「公衆電話リストラ」の波は、ここ知床にまで押し寄せていたというわけだ。

15:54
もはやこれまでか、とゾンビのような足取りで駅舎の外へ這い出す。
目の前には「斜里バスターミナル」。ちょうどウトロ温泉行きのバスが、獲物を待つ巨獣のように鎮座していた。建物の庇ギリギリに停車するその精度。客を北の大地の冷たい雨にさらさないという、プロの矜持を感じる。
ここから女満別空港や網走へ向かう路線も出ているらしい。もしかして、交通の要衝であるここなら「公衆電話の生き残り」がいるのではないか。淡い期待を胸に、バスターミナルへと進路を取る。

15:44
バスターミナルに辿り着く手前、ロータリーの隅にそいつは立っていた。公衆電話ボックス、現存確認!
あった!
車椅子対応の広大な床面積。昨今、絶滅危惧種に指定されてもおかしくない電話ボックスにおいて、この大豪邸っぷりは逆に珍しい。風景に馴染みすぎて、危うく見失うところだった。白いピラミッド型の屋根は、豪雪地帯ゆえの仕様なのだろう。耐雪荷重計算に基づいた設計、といったところか。
さあ、ここからが大変だ。
第一の壁:繋がるかどうか。現代人は「知らない番号」、特に「非通知」や「公衆電話」からの着信を警戒する。僕の家族もその例に漏れない。
第二の壁:いしのスマホ不保持。妻・いしは、スマホを「常に手元に置く」という現代人のスキルを実装していない。在宅中であっても、スマホは部屋の隅で孤独にバイブしていることがある。気がついてもらえる確率は、斜里岳で熊に遭遇しない確率より低いかもしれない。
第三の壁:リソース不足。手元には10円玉が数枚。今の公衆電話の燃費がどれほどか不明だが、いしが電話に出て、僕の正体を証明し、状況を説明しきる前に「課金切れ」で通信断絶となるリスクが極めて高い。そうなれば、コンビニへ小銭の両替に走るという「徒歩による再試行」が発生する。
震える指で、プッシュボタンを叩く。物理キーを押し込むこの感触、実に新鮮だ。液晶画面に数字が表示されないという仕様は、今となってはユーザーインターフェースとしてはなかなかの不親切設計だが、今は文句を言っている場合ではない。
呼び出し音が続く。頼む、出てくれ。僕の10円玉が溶ける前に。
ガチャ。「はい?」
出た!いしだ!しかし、その声は明らかに「詐欺師、あるいは怪しい営業電話」を迎え撃つための、警戒心マキシマムなトーンだった。当然だろう、公衆電話からだもの。
「あの、ええと、僕です。今日斜里岳に登ってる、おかでん、本人なんですけど」
自分で言っていて、我ながら怪しいなぁ、と思った。たどたどしい口ぶりは、もはやオレオレ詐欺師に雇ってもらえないレベルだ。
焦った僕は、頼まれてもいないのに「自宅にある予備スマホの機種名」などをまくしたて、必死に「あなたなら、この情報を知ってますよね?」と僕が僕である証明を試みる。時間の無駄だ。10円玉がデジタル時計の刻みより早く消えていくというのに!
結局、いしは僕を「本物の夫」として受理してくれた。「下山報告メールが届かなくても通報しないでくれ」という重要タスクを共有し、さらに緊急連絡先に設定してある僕の兄への二次連絡も依頼。これでなんとか、捜索隊が結成される事態だけは回避できたわけだ。ふう、危なかった。

15:53
ようやく、一息つく。
生存報告というクリティカルな問題は解決したが、残された課題は山積みだ。帰りのフライト時刻の記憶が曖昧。スマホ不通につきオンラインチェックイン不可。搭乗券の現物なし。もはや「アナログの極み」のような状態で、女満別空港へ突っ込むしかない。
記憶をサルベージすると、確か18時か19時か、飛行機が出発だったと思う。ということで、遅くとも17時半にはレンタカーを返却し、空港カウンターで「スマホが壊れました」と泣きつく必要がある。
救いは、レンタカーのカーナビが健在なことだ。空港まで55分。意外と近い、と感じてしまうのが北海道の罠だ。
「北海道は距離感覚がバグる」というのは旅人の共通認識だ。広大なスケールに圧倒され、「案外近い」と油断した瞬間に、目的地が地平線の彼方に遠ざかる。逆に警戒しすぎると、あっけなく到着して拍子抜けする。油断すれば遠く、警戒すれば近い。それが試される大地・北海道のデフォルト設定だ。
1時間の猶予があるとはいえ、のんびりグルメを堪能する余裕はない。せっかく斜里まで来たのだから、ちょっとだけこの周辺を見て回って、空港へ向かうとしよう。
その前に、知床斜里駅を今一度観察。誰もいない、濡れたアスファルトが光るホーム。釧網本線のみの駅に、2面3線という立派なキャパシティ。過剰スペックではないか、とも思うのだが、そこには歴史の影があった。
かつて、ここから標津へと抜ける「根北線」という計画があったらしい。しかし全線開通を待たず、わずか13年で廃止。途中開業していた路線と駅は斜里岳の東にある根北峠すら越えられなかったから、「壮大な見込み違い」だった。当時の国鉄の判断ミスか、政治的圧力か。あるいは、開拓の夢が冷酷な現実に敗北した証なのだろうか。

15:56
駅の観光案内所が移転したという「道の駅 しゃり」へ向かう。車なら一瞬の距離だ。
黒を基調とした、モノリスのようなモダンな外観。壁面の縦長ガラスが、重厚さの中にシャープな印象を与えている。このあたりの歩道の広さといい、妙に都市計画が洗練されている。
この道の駅も、昨日の施設も、とにかく建物が新しい。「過酷な環境ゆえ、耐用年数が短く、更新サイクルが早い」という僕の仮説はあながち間違いではない気がする。真実は不明だが、そうでなければこの「知床モダン」の連続説明がつかない。

15:57
道の駅の向かいには「斜里工房 しれとこ屋」なる施設。
どこが駐車場で、どこが車道なのかわかりにくい地面で、しばしオタオタする。
オホーツクの海産物を扱っているお店のようだ。

15:58
食事処「知床 くまうし」というお店があった。しかし、のれんが自動ドアを塞ぐようにかけてあり、「営業終了」を冷徹に告げていた。。
ランチ営業は14:30で終了。夜は17時から。まさに今は中休みだ。そりゃそうだな。

15:58
「全国丼グランプリ豚丼部門・最高金賞受賞」。「ほほう」と思わず声が出る。こ
メニュー表には、豚丼、ラーメン、ジンギスカンと、北海道のスター選手が勢揃い。さらに「セットメニュー」という、迷える子羊を刈り取るための完璧な布陣。豚丼にミニラーメンで1,350円だと? そのコストパフォーマンス、今すぐ享受したかった。

15:59
無い物ねだりをしても始まらない。店内の偵察に切り替える。
土産コーナーで一際異彩を放っていたのが「来運(らいうん)まんじゅう」。
昨晩、僕が生命の水を汲んだ「来運神社」にあやかったお菓子だ。
あの神聖な水には世話になったが、この商品のディスプレイはどうだ。中央に鎮座するライオンの置物の圧が強すぎて、主役であるはずの饅頭の存在感がよくわからなくなっている。
あの静謐な神社のイメージとのギャップが激しすぎて、結局食指は動かなかった。
「ライオン」と「来運」がダジャレで掛け合わさっている、ということに気がついたのはずいぶん後になってのことだ。

15:59
スナックコーナーでは「知床こけももソフト」や「たこのちぎり揚げ」といった魅力的なワードが踊っていた。ソフトクリーム300円は、昨今の観光地価格からすればかなり安い。
だが、当時の僕は何も買わずに店を後にしている。胃袋の要求よりも、スマホ損壊による「空港への撤退戦」という司令が、脳内を支配していたのだろう。今思えば、一つくらい食っておけばよかった。

16:01
カラフトシシャモに桜ます、ホッケ。並ぶ海産物はどれも大きくておいしそうだ、東京のスーパーならもっと高いんだと思うが、要冷蔵品を抱えて羽田まで帰還するミッションはハードルが高すぎる。却下だ。
それより、サバの隣に「大福」が並んでいるこのカオスな陳列はどうだ。魚に囲まれた大福。このシュールな光景に、むしろ大福を買いたくなってしまった。

16:02
最後に「道の駅 しゃり」へ。広い空間、立派な建物。だが、僕の記憶には何も残っていない。
これから知床を攻める観光客には有用な「戦略拠点」なのだろうが、スマホを壊し、意気消沈しながら敗走する敗残兵に響く情報はなかったようだ。お陰で、写真だけが虚しく残るのみとなった。
(つづく)

コメント
コメント一覧 (2件)
何はともあれ"リアルタイムとは別のパラレルをーるどを往く"おかでんのご帰還めでたし。
スマホも保険でなんとかなったようでそこもまた良し。(Fujiの一眼が心配でなりませんが…)
それにしても"振り返れば、斜里岳は本当に楽しい山だった。"果たしてそうか?うーん、わからん。山男の思考はさっぱりわからん。今後の活躍も期待しております。
zennさん>
富士フイルムのカメラをご心配いただき、ありがとうございます。
そう言われてと気がついたのですが、この記事の最後に載せている「故障したスマホ」の写真、まさにX-T20で撮ったものでした。機動力を重視したい場面で、あえてごつい一眼カメラを取り出して構えているというのは、冷静に考えるとかなり倒錯していて面白い絵面ですね。
先日からzennさんには「新しくカメラを買うなら?」という個別のお話をさせていただいていますが・・・いずれ、あるタイミングから「おや?記事の写真の質感が変わったぞ?」という局面が訪れるはずです。
もし変化に気づかれましたら、ぜひ早押しクイズの勢いで「カメラ買い替えただろ!」と突っ込んでみてください。楽しみにしています!