川を越え、雨に打たれ、風にあおられて【斜里岳】

霧に包まれた急峻な岩場を滝のように水が流れる登山道の風景

07:38
竜神の滝を脇目に、沢の主脈を進んでいくと、これまた大きな滝が待ち構えていた。

山の岩肌を滑り台のように滑っていく、豊富な水。
水流によって岩がえぐられた形跡もなく、滝のすぐ脇まで緑が迫っている。
こういう滝はあまり見た記憶がない。
さすが北海道の山なのか、それともこの山が特異な「仕様」なのか。

いや、違うな。
単に僕が、こんなに滝沿いに山を登った経験がないだけだ。
これまでの人生、滝というのは遠くから眺めて「涼しげだねえ」なんて言うだけの存在だったけれど、今日は違う。
滝とともに歩み、滝の上流にご挨拶しに行く、ストロングスタイルの旅だ。

板状の岩が重なる地形を勢いよく流れる雨水のクローズアップ

07:38
この滝の名は「雪華の滝」。
足元は階段状に重なった岩の層になっている。
バラバラの石が積み上がったわけではなく、一枚の巨大な岩が長年の風雪で形を変えたものだ。

何をどうすればこういう形になるのか、全くの謎だ。
自然の造形美というやつだが、そんな感傷に浸る余裕はない。

で、その岩を直接よじ登っていく。
これはなかなかワクワクさせられる。

雨に濡れて鮮やかに咲く黄色い高山植物の花

07:41
ちっこい花が咲いていた。
シナノキンバイかな?と思って、一応写真を撮っておいた。

あとで調べてみたら、「夕張キンバイ」という種類なのかもしれない。
この手の花は亜種が多すぎて、素人がうっかり「この花の名は・・・」と偉そうに語るのはリスクが高い。
知ったかぶりをして後で恥をかくのは、僕の美学に反する。

ほぼ立ち止まらず、シャッターを切ったら即移動だ。
とにかく雨が降り止まないし、何よりスマホのバッテリーがみるみる消耗していく。
この絶望的な減り方は、一体どういうことだ。

本体が壊れるのも怖いが、バッテリー切れは生命線に関わる。
幸いルートに迷うほど複雑ではないが、僕は下山後もスマホが使えないと詰むのだ。
登山届アプリ「Compass」で下山通知を出さないと、予定時刻を過ぎた瞬間に妻や兄に「遭難しました」という通知がいってしまう。

今思えば、バッテリーが尽きる前に「Compass」で下山通知を出してしまうか、登山計画を取り消せばよかったのだ。
しかし、当時の僕は不具合に焦っていた。
「早く下山しなきゃ!」「壊れたらヤバい!」と頭がいっぱいだ。
人間、余裕がなくなると判断力がてきめんに鈍る。
情けない話だが、これが現実だ。

さっきから何度も、USBケーブルを抜き差しして格闘している。
だが画面には「USBポートに液体」という冷徹なメッセージが出たまま消えない。
昔のファミコンカセットを直すみたいに「フーッ!」とポートに息を吹きかけてみるが、当然直らない。
むしろ湿気を奥に送り込む自殺行為だが、当時の僕は必死だった。

ピンクの目印テープが見える、水量が増した登山道の渡渉箇所

07:42
見てほしい、この状況で一眼カメラ(非防水)を振り回している僕の勇姿を。
スマホが不調となって以降、自撮り写真以外はほぼ富士フイルムのX-T20で撮っている。
だんだんレンズを拭いても水滴が消えなくなり、写真が微妙に歪んでいくのだが、それもまたライブ感だ。

「雪華の滝」の上部も、斜度こそ緩やかだが滝のような流れが延々と続いている。
その水しぶきの向こう、対岸にルートを示すピンクのテープが見えた。

・・・で、あそこまでどうやって行けと?
ぱっと見では、道なんてどこにも見当たらないのだが。

段差から水が落ち、小滝のようになっている登山道の様子

07:44
これなんて立派な滝だが、ガイドマップ上には名前すら載っていない。
「いちいち名前をつけてられるか!」というくらい、この山は滝のバーゲンセール状態だ。

前方が開けてきた。
そろそろ沢を上り詰めつつあるのだろう。
空が広がり、谷の深さが浅くなってきたのを感じる。

とはいえ、川だか川岸だか判別のつかない場所を歩かされるのは変わらない。
むしろ、「これくらいの段差なら、巻き道作らずに直登させればいいっしょ?」という山の声が聞こえてきそうだ。

深い霧の中に消えていく沢沿いの登山道

07:45
おお、前方が完全に開けた。

GPSを確認するまでもなく、自分が今どのあたりにいるのか確信が持てる。
正面から左に見える斜面が、斜里岳の本峰だ。
僕は今ようやく、斜里岳に挑戦するための「資格」を得た、という次元に到達したわけだ。

ハイマツの緑が霧に煙り、足元の水流だけがゴウゴウと現実感を伴って流れていく。
見晴らしがよくなった分、改めて「ヒグマとエンカウントしたらどうしよう」という不安が頭をよぎる。
とりあえず「ああー!」と大きな声を出して、存在をアピールしておく。

泥濘んだ地面と草木に囲まれた狭い登山道の足元

07:49
だんだん川幅が狭くなり、それに伴い登山道と川が完全に「融合」を始めた。
道が流れに深くえぐられ、もはやどっちが主役かわからない。

霧と雨滴で視界が遮られた、木々が覆いかぶさる沢道

07:52
レンズに付着した水滴のせいで、もはや何を撮っているのか判別不能なショットが増えてきた。
これもまた、現場の過酷さを物語る記録だと思っていただきたい。

浮石が多く水が流れる急斜面の登山道とピンクの目印

07:53
ついにピンクテープが、川の真上に突き出した枝にくくりつけられるようになった。
要するに「川の上を歩け」というストレートな命令だ。

スケールこそ小さいが、これはまごうことなき「沢登り」である。
本来なら専用の沢靴を用意すべきステージだが、僕は普通の登山靴で挑んでいる。
つまり、この程度の装備でもギリギリ楽しめる「初級コース」という解釈でいいんだろう。
なかなかどうして、楽しいじゃないか。

植生が濃くなり登山道全体が水路と化した上部の風景

07:58
もう開き直って、じゃぶじゃぶと水をかきわけながら進むことにした。
一時しのぎで逃げ込める乾いた岩なんて、どこにも存在しないのだ。
登山道、全部水。全部川。

いくらゴアテックスを過信したところで、この状況ではあっという間に浸水する。
だが、どうせレインウェアの中は汗でびしょ濡れだし、スマホは死にかけているし、カメラもいつ沈黙するか怪しいものだ。
もはや、失うものなど何もない。
どうにでもなれ。

(つづく)

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 何はともあれ"リアルタイムとは別のパラレルをーるどを往く"おかでんのご帰還めでたし。
    スマホも保険でなんとかなったようでそこもまた良し。(Fujiの一眼が心配でなりませんが…)
    それにしても"振り返れば、斜里岳は本当に楽しい山だった。"果たしてそうか?うーん、わからん。山男の思考はさっぱりわからん。今後の活躍も期待しております。

  • zennさん>
    富士フイルムのカメラをご心配いただき、ありがとうございます。
    そう言われてと気がついたのですが、この記事の最後に載せている「故障したスマホ」の写真、まさにX-T20で撮ったものでした。機動力を重視したい場面で、あえてごつい一眼カメラを取り出して構えているというのは、冷静に考えるとかなり倒錯していて面白い絵面ですね。

    先日からzennさんには「新しくカメラを買うなら?」という個別のお話をさせていただいていますが・・・いずれ、あるタイミングから「おや?記事の写真の質感が変わったぞ?」という局面が訪れるはずです。

    もし変化に気づかれましたら、ぜひ早押しクイズの勢いで「カメラ買い替えただろ!」と突っ込んでみてください。楽しみにしています!

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