川を越え、雨に打たれ、風にあおられて【斜里岳】

コンクリート壁の横に広げられた寝袋と登山用バックパック。壁には番号札が見える。

18:11
今夜の寝床。コンクリート打ち放しの壁は、夏でも冷ややかだ。

壁ギリギリのところで寝ると、寝ている最中に壁に当たってヒヤッとして目を覚ますかもしれない。

幸い、今日は十分に一人当たりのスペースがある。

僕の人生における山小屋至上、最大規模の面積を我が手中に収めたことになる。

もっとも、この清岳荘は山小屋といっても車でアプローチできる、登山口の宿だ。登山客以外は利用しない宿泊施設とはいえ、これを「山小屋」と呼ぶのは、情緒的な意味で少々ふさわしくないかもしれない。

寝袋の枕元にある壁のコンセントと、LOGOSのロゴが入った寝袋のアップ。

18:11
枕元にコンセントがある。

現代の登山者にとって、これは何物にも代えがたい「兵站」の要だ。とてもありがたい配慮で恐れ入る。

スマホを充電しながら寝る、というのが現代においては当たり前の所作になっている。なので、電源があるなら枕元に限る。

全然違う場所にコンセントがあって「ご自由にお使いいただけます」という状態だったら、誰かに盗まれたりしないだろうか?と少し心配になる。

なにしろ、今どきのスマホはクレカでもあり、銀行口座でもあり、個人情報の宝庫でもある。

壁には「10」と「9」の番号が貼り付けてあった。

言うまでもなく、この番号ごとに寝床が割り振られるのがこの宿のルールだ。

しかしコロナの余韻が残る2023年夏においては、2人分を一人が使う、という贅沢な仕様になっていた。

しかもお隣さんとの間には衝立が付く。

山小屋界のスイートルームだ!とさえ思える(言い過ぎか)。

寝袋の上に座り、腕を組んでポーズをとる撮影者の自撮り写真。

18:12
段ボールの壁に囲まれ、独居房の主のような顔で座ってみる。

これが今晩の我が宿。

温泉宿などと違い、ここはあくまでも寝床にすぎない。

寝ないときは別の場所にいるし、翌朝に備えて早々に寝る。

だから、これ以上のスペースはいらない。

この小屋、サービス精神が旺盛で、一人につき1つの低い机が用意されていた。
なんというホスピタリティ。
これだけゆったりとしていたら、床に荷物をぜんぶ置いてもまったくゴチャゴチャしない。
それでも、机があると何かと便利だ。

寝具は自前で用意せよ、というのが清岳荘のルール。
このため、東京からマットと寝袋を持参している。

持ってきているロゴスの寝袋は、15年くらい前にホームセンターで適当に買ったものだ。
当時よくやっていたオートキャンプ用のもので、登山向けではない。
それでも使い続けているのは、めったに使わないので破れたりしないからだ。

そういえば、上着として着ているノースフェイスの薄手のフリースは、ひょっとしたら20世紀に買ったものかもしれない。
これもよくもつ。
アウトドア用品は基本的にタフに作られている。
だから意外と長持ちする。
アウトドア製品をもっともダメにするのは、下手に洗ったりお手入れをすることかもしれない。
洗濯すればするほどよれよれになっていった服はこれまで数多い。

結露した冷蔵ショーケースの中にあるサッポロクラシックの缶ビール。

18:15
帳場の近くにあった冷蔵庫。
大量とはいえないが、ドリンクが売られていた。

えっ、サッポロクラシックの350mlが250円?
コンビニ価格じゃないか。
400円、いや500円とってもバチは当たらないだろうに、すごく良心的だ。
町営なので、利用客の足元を見て値段を高くする、というのはしないのかもしれない。
この「商売っ気のなさ」こそ、公共施設の魅力だよな・・・などとしみじみする。

登山本やトイレットペーパーのストック、レンタルヘルメットが並ぶ共有棚。

18:15
山小屋の文化水準は棚に出る。
北海道の山々を紹介する書籍の横に、大量のトイレットペーパーとサンダル。
生活と冒険が、ここでは等価に並んでいる。

なんで本棚の下にトイレットペーパーが?と不思議になるが、この奥にトイレがあるからで、単にトイレの備品置き場としてここが使われているのだろう。
あまりにも「生活感」がむき出しで、逆に清々しい。

棚に並んだモンベル製のレンタルヘルメット。1000円の案内板。

18:15
「転倒・滑落から身を守ろう!!」という、有無を言わせぬ正論とともにヘルメットのレンタルが行われていた。

ヘルメットが必要な山なんて滅多にいかないよ、という人ならここで借りてもよいのだろう。
レンタル料、1,000円。

僕の場合、今後北アルプスをはじめとする山々を登る予定があるので、今回を機にヘルメットを買って持ち込んでいる。
下界ではどんどんコンプライアンスが厳しくなってきているように、山の上でも考慮すべき安全のレベルが上がってきている。
ヘルメットもそう。
昔なんて、ヘルメットを被っている人はビッグウォールをよじ登るクライマーだけだと思っていたが、今じゃ上高地界隈にゴロゴロいる。

ちなみにレンタルヘルメットのブランドはモンベルだった。

トイレの木の引き戸と、協力金のお願いが書かれた案内掲示。

18:15
トイレの入り口。
駐車場利用料や協力金の額が張り紙に細かく記されている。
山のインフラは、こうした小銭の積み重ねで維持されているのだ。

その張り紙によると、水はタンクローリーで運んでいる、と書いてあった。
えっ、そうなの?
すぐ近くに川が流れているのに、わざわざ下界から運んできているというのか。

清潔に保たれた男性用小便器. 洗浄水に再利用水を使用している旨の注意書き。

18:16
驚くほど清潔なトイレ。
だが、流れるのは「中水」という再利用された水だ。

先ほど、「ンなアホな、近くに川があるんだから、そこから引水をやっているだろ。タンクローリーなんて大げさな」と思ったが、どうやらそれは違うらしい。
トイレの水は中水を使うくらいだから、本当に水が貴重なのだろう。
さっきの格安ビールとの価格バランスが、脳内でバグを起こし始める。

洗面台の鏡に写る撮影者。飲用不可と節水を促す多数の掲示物。

18:16
洗面所に並ぶ「飲めません」のオンパレード。
ここでは顔を洗う水さえ慎重に使う必要がある。
節水はここではマナーではなく、絶対のルールだ。

「顔を洗って出直してこい」なんて安易に言えない。

「携帯トイレBOX」と書かれた回収用の段ボール箱。回収費100円の案内。

携帯トイレの回収ボックス。
排泄物を100円で引き取ってくれる。
手書きの文字に込められた、環境への切実な願い。

登山途中で携帯トイレを使った場合、ちゃんとここで回収してもらおう。
うっかり空港に持ちこんでしまわないように。
(保安検査場で「これは何ですか?」と聞かれる絶望感は、想像しただけでお腹がいっぱいだ)

「登山道でもつながるドコモ!」と書かれたポスター。

赤いラインは登山道であり、なおかつドコモの電波が受信できる場所だ。
要するに、登り始めから下山まで、ドコモにお任せ下さい!!というわけだ。

僕はMVNOでドコモ回線を使っているキャリアと契約しているので、ドコモがつながるというのはありがたい。
水は来ないが電波は来る。
それが現代の山の「仕様」。

(つづく)

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 何はともあれ"リアルタイムとは別のパラレルをーるどを往く"おかでんのご帰還めでたし。
    スマホも保険でなんとかなったようでそこもまた良し。(Fujiの一眼が心配でなりませんが…)
    それにしても"振り返れば、斜里岳は本当に楽しい山だった。"果たしてそうか?うーん、わからん。山男の思考はさっぱりわからん。今後の活躍も期待しております。

  • zennさん>
    富士フイルムのカメラをご心配いただき、ありがとうございます。
    そう言われてと気がついたのですが、この記事の最後に載せている「故障したスマホ」の写真、まさにX-T20で撮ったものでした。機動力を重視したい場面で、あえてごつい一眼カメラを取り出して構えているというのは、冷静に考えるとかなり倒錯していて面白い絵面ですね。

    先日からzennさんには「新しくカメラを買うなら?」という個別のお話をさせていただいていますが・・・いずれ、あるタイミングから「おや?記事の写真の質感が変わったぞ?」という局面が訪れるはずです。

    もし変化に気づかれましたら、ぜひ早押しクイズの勢いで「カメラ買い替えただろ!」と突っ込んでみてください。楽しみにしています!

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