川を越え、雨に打たれ、風にあおられて【斜里岳】

霧に包まれた赤茶けた沢を流れる穏やかな水流。周囲は濃い緑の木々に囲まれている。

06:42
霧が立ち込める中、沢を遡っていく。

ひたすら川底が茶色いのが、この川の特徴だ。
独特の色彩で、ちょっとぎょっとさせられる。
火星に川があるならこんな景色かな?と思える仕様だ。

川を遡上して久しいのに、一貫して川底が茶色だ。
この茶色の素となる成分は、斜里岳のかなり上のほうにあるらしい。

これだけ濃く上流から下流までを染め上げるのだから、相当な濃度だろう。
道理で、清岳荘で飲料水が用意されていないわけだ。

「なんでタンクローリーで水を運び上げているのか? トイレくらい川の水を使えばいいじゃないか」
と当初は思ったが、こりゃダメだ。
トイレが茶色く染まり、いずれ成分が固着してパイプが詰まる。

木々が低く覆いかぶさる沢筋。倒木や木の根が露出し、水面には白い泡が浮かんでいる。

06:43
登山口から下二股までが「川に沿って歩く。時々渡渉」という道だったが、ここから先は「川とともに歩く」というルートになる。

川幅は狭い。
国土地理院の地図に描かれないほどの細さだ。
その分、両岸からせり出した木の幹が、まるで香港の看板みたいに歩行を妨げてくる。

木にとっては、川の上が日当たりを確保できる貴重な空き地なのだろうが、人間にとってはただの障害物だ。

沢の岩場に溜まった、メレンゲのような真っ白で大きな泡の塊のアップ。

06:43
水が淀んでいる場所には、メレンゲのような泡が盛り上がっていた。

何の成分が含まれたら、こんなにふんわりした泡ができるのか。
お菓子か石鹸のようだが、赤茶けた岩とのコントラストが不気味に際立っている。

赤褐色の岩が重なる沢を、小さな滝となって流れ落ちる透明な水流。

06:44
登り始めのころは、渡渉するたびに「おおー」とワクワクしたものだが、だんだん日常風景になってきた。

人間、慣れるのは早い。
いちいち驚いていられない。

とはいえ、後で参照するために全ての渡渉点は撮影しておく。
だけど、例えばこの写真の場合、どこからどこに渡ったのか、難易度はどうだったのか、見返してもサッパリわからない。

大きな岩に引かれた赤いマーキングと、その脇を流れる急な沢。

06:45
右手の巨岩に、鮮やかな赤ペンキのマーキングがある。

見た目はただの川だが、立派な登山道だ。
「川みたいだろ? でも登山道なんだぜ、ここ」と、誰にともなく脳内で呟く。

岩が乱雑に転がる広い沢床。奥にはピンク色のテープが目印として見える。

06:46
少し開けた場所に出た。

「ウォーリーを探せ」の要領で、周囲をサーチしてピンクテープを探す。
開けた場所はホッとするが、次にどこへ向かえばよいのかを見失いやすい。
ボンヤリしていたら遭難だ。
この山に登るなら、シャッキリするために栄養とカフェインを詰め込んでから入るのが正解だろう。

倒木が重なり合い、大きな葉の植物が群生する湿った沢の風景。

06:47
川が細い段差になっていて、はるか奥にちょっと大きめの滝が見える。

おっと、これはなかなか楽しそうだ。

沢から続く急な泥の斜面と、赤茶色の水が流れる分岐点。

06:48
この赤茶けた岩は、酸化鉄のせいか苔でヌルヌル滑ることはなかった。
少なくとも、赤みが強い岩はグリップが効く。

滑る心配が少ないのはありがたいが、浮き石はあちこちに転がっている。
安易に足を乗せれば、バランスを崩してドボンだ。
慎重に、慎重に足場を選んでいく。

巨大な一枚岩を水が流れ落ちるナメ滝. 手前の岩には青地に黄色の矢印が描かれている。

06:49
目前に巨大な「ナメ滝」が立ちはだかった。
広大な岩の斜面を水が滑り落ちる様は、なかなかの迫力だ。

「羽衣の滝」というらしい。
今回のルート上で最大の滝だ。

昨晩見たガイド図には「ここよりさらに斜度が増す。自信がない人はUターンして下山あるいは新道コースへ」と書いてあった。

おっしゃる通りで。
これが観光地なら「滝だ、すごいね」と引き返せばいいが、僕は登山をしている。
つまり、この滝の高さ分だけ、今からよじ登らなければならない。
山の形がそうなっているのだから、仕様がないのだ。

ナメ滝を背景に、ヘルメットを被ったブログ主の自撮り。背景には白い霧が漂う。

06:50
羽衣の滝をバックに、写真を一枚。
調達したヘルメット、ここからが本領発揮というわけだ。

ここで自撮りをしたのは、もし僕が事故死した際に「死ぬ直前の写真」を遺しておきたいからだ。
ゲームのセーブポイントのようなもので、「ここまでは生きていました」という証拠にする。

あともう一つ。
さっきから川の写真ばかり撮っていて、「だから何なんだ?」と自分の写真に疑問を抱き始めたからだ。
綺麗な写真は世の中にいくらでもある。
僕がこの山を登っているという記録なら、本人が写り込んでいるべきではないか。

このサイトを始めた頃、ネット上に写真データなんて少なかった。
コンデジで日常を撮りまくっていた僕は、当時は先駆的だったかもしれない。
「見た光景を撮る」だけで価値があったのだ。

だが今はどうだ。
同じ場所で撮られた似たような写真はネットに溢れている。
そうなると、自分が写っていない写真を撮る意味など、もう無いのではないかと思えてくる。

正直、見栄えの良くない中年が自撮りをするのは、僕自身あまり嬉しくはない。
だが、そうでもしないと凡百な旅行記に埋もれてしまう。
仕方のない、必然の選択なのだ。

(つづく)

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 何はともあれ"リアルタイムとは別のパラレルをーるどを往く"おかでんのご帰還めでたし。
    スマホも保険でなんとかなったようでそこもまた良し。(Fujiの一眼が心配でなりませんが…)
    それにしても"振り返れば、斜里岳は本当に楽しい山だった。"果たしてそうか?うーん、わからん。山男の思考はさっぱりわからん。今後の活躍も期待しております。

  • zennさん>
    富士フイルムのカメラをご心配いただき、ありがとうございます。
    そう言われてと気がついたのですが、この記事の最後に載せている「故障したスマホ」の写真、まさにX-T20で撮ったものでした。機動力を重視したい場面で、あえてごつい一眼カメラを取り出して構えているというのは、冷静に考えるとかなり倒錯していて面白い絵面ですね。

    先日からzennさんには「新しくカメラを買うなら?」という個別のお話をさせていただいていますが・・・いずれ、あるタイミングから「おや?記事の写真の質感が変わったぞ?」という局面が訪れるはずです。

    もし変化に気づかれましたら、ぜひ早押しクイズの勢いで「カメラ買い替えただろ!」と突っ込んでみてください。楽しみにしています!

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