
14:18
「道の駅パパスランドさっつる」に逃げ込む。降り続く雨。建物の中に入るだけでこれほど安堵するとは。
下山後、車内で雨をやり過ごしていたが、運転席という極小空間に閉じこもっていると、どうにも気持ちが落ち着かない。
館内は薄暗い。節電なのか、奥にあるはずの「レストランぱぱす」方面は消灯中だ。ハイシーズン前なので、客が少なければこうなるのも当然か。
後日談だが、運営会社の「パパスランド」は2026年3月をもって撤退したという。やはり経営の波は厳しかったのだろう。現在は町が100%出資する、いわば「完全町営」で再スタートを切っているらしい。
ちなみに「パパス」はスペイン語で「じゃがいも」を指す。えっ、じゃあ都内で見かけるマツキヨ系ドラッグストア・「ドラッグぱぱす」は「じゃがいも薬局」なのか? 50年生きてきて初めて知る事実に、妙な衝撃を受ける。
この界隈はじゃがいも大国。ゆえにパパスランド。ネーミングの仕様書は極めてシンプルだった。

14:18
陳列棚を埋め尽くす豆、豆。金時豆に大豆が鎮座している。大豆のブランド名は「ユキホマレ」。まるでお米のような名前だ。
しかし、お土産にするには重すぎるし、何よりかさばる。今の僕に必要なのは、胃に溜まる豆よりも、外界と繋がる通信手段なのだ。というわけでスルー。
それにしても、道の駅定番の「ドサッと置かれた葉物野菜」が見当たらない。昨日寄った場所も同様だった。このエリアの農業は、本州でみかけるような牧歌的なものと違うらしい。厳しい環境に適応し、しかも大規模。ダイコンとかキャベツとか売っている本州の道の駅とはまったく雰囲気が違う。

14:19
最優先ミッションは公衆電話の確保だ。自宅に「下山完了」のステータスを報告しなければならない。不慮の事故を疑われて、警察に通報されてはたまらないからな。
と、ここで致命的な問題に気がついた。僕は誰の電話番号も覚えていなかった。妻のいしも、緊急連絡先の兄貴も、実家の番号すら記憶にない。スマホの電話帳に全権委任してきたツケが、この極限状態で回ってきた。電話帳は死んだスマホの中。つまり、通信不能。これはマズい。
今の時代、ハローページなんて代物はないし、104番でNTTのオペレーターに番号を聞くこともできない。詰んだか?
そこで、あ!と思い出した。登山届の控えだ。びしょ濡れのザックから、四つ折りの紙を取り出す。雨で糊付けされたように固着しているが、慎重に、外科手術のような手付きで剥がしていく。破れたら終わりだ。……読める! いしの番号がそこにあった。奇跡のリカバリー成功だ。
教訓:
・登山届は必ず書け。これは基本。
・緊急連絡先も必ず記せ。これも基本。
・そして控えは、無事に帰宅するまで肌身離さず持っておけ。
完璧なリスク管理だ、と自画自賛したのだが、この道の駅では公衆電話を見つけられなかった。ダメじゃん。
現代において、公衆電話はもはやオーパーツの部類なのか。まいった。

14:19
濡れ鼠のまま立ち往生しても始まらない。電話は気になるが、まずは冷え切った体を再起動させるべく温泉へ。
大人450円。ワンコインでお釣りが来るという価格設定だ。小中高生140円に至っては、ペットボトル茶より安い。これで経営が成り立つのか、余計なお世話ながら心配になるレベルだ。

15:35
電話が気になりすぎて、風呂を堪能する余裕などなかった。カラスの行水のごとく体を洗い、即脱出。移動を開始する。
往生際悪く、湯上がりにスマホのスイッチを入れてみたが、状況はさらに悪化。画面が怪しい光を放って沈黙した。やればやるだけデッドエンドに向かう。
公衆電話はどこだ。検索できないということが、これほどまでに人間を無能にするとは。記憶の地図と、道の駅の案内図を頼りに推測する。女満別空港まで戻れば確実だが、それでは面白くない。
そこでターゲットを「知床斜里駅」に定めた。知床観光のハブ。ここなら、昭和の遺産(公衆電話)が残っている確率が高いはずだ。
到着した知床斜里駅は、予想に反して超モダンだった。カプラ(子どもが遊ぶ積み木)を積み上げたような意匠は、「ここは儲かっています」というオーラを放っている。閑散としているのに、客待ちタクシーが3台もいるのがその証左か。
ちなみに、タクシーの車種はすべてトヨタ・シエンタ。都内のタクシーとは違う、北の大地の合理性を見た気がする。

15:38
駅前の「斜里セントラルホテル」。バブリーなアーチが出迎えてくれるが、背後の建物は質実剛健な箱型。このギャップが面白い。

15:40
駅前は驚くほどがらんとしている。超車社会ゆえ、駅前に商店街が形成される必然性がないのだろう。
それでもルートインがそびえ立っているあたり、宿泊需要はあるようだ。観光客か、それともビジネスマンか。

15:40
JR知床斜里駅を横から眺める。正面の立派なファサードは、実のところ看板建築的な「見せ板」だったのか。斜めから見ることでその構造を理解し、妙に納得する。

15:41
「観光案内は終了しました」。無慈悲な宣告だ。Wikipediaによれば2007年に駅舎を増築し、隣接する町営観光センターと合体したはずだが、うまくいかなかったらしい。コロナの余波だろうか。
それでも駅舎開放時間は23時までと長く、みどりの窓口も現役。やはり知床の玄関口として活躍しているらしい。やはり観光客が利用する駅なのだな。

15:42
駅舎内部。ルーバー天井にダウンライト、清潔感溢れる空間。これはなかなかのデザイナーズ物件だ。

15:54
電光掲示板ではなく、液晶テレビによる案内。これがいいのだ。妙に凝った独自仕様の電光掲示板より、汎用品の液晶テレビのほうが圧倒的に解像度も視認性も高い。地方のほうが合理的なシステムを組んでいることに、妙な心地よさを感じる。
ホームに面した壁面はガラス張りで、改札は自動ドア。設備は完璧だ。あとは僕が電話をかけられるかどうか、それだけなのだが。
(つづく)

コメント
コメント一覧 (2件)
何はともあれ"リアルタイムとは別のパラレルをーるどを往く"おかでんのご帰還めでたし。
スマホも保険でなんとかなったようでそこもまた良し。(Fujiの一眼が心配でなりませんが…)
それにしても"振り返れば、斜里岳は本当に楽しい山だった。"果たしてそうか?うーん、わからん。山男の思考はさっぱりわからん。今後の活躍も期待しております。
zennさん>
富士フイルムのカメラをご心配いただき、ありがとうございます。
そう言われてと気がついたのですが、この記事の最後に載せている「故障したスマホ」の写真、まさにX-T20で撮ったものでした。機動力を重視したい場面で、あえてごつい一眼カメラを取り出して構えているというのは、冷静に考えるとかなり倒錯していて面白い絵面ですね。
先日からzennさんには「新しくカメラを買うなら?」という個別のお話をさせていただいていますが・・・いずれ、あるタイミングから「おや?記事の写真の質感が変わったぞ?」という局面が訪れるはずです。
もし変化に気づかれましたら、ぜひ早押しクイズの勢いで「カメラ買い替えただろ!」と突っ込んでみてください。楽しみにしています!