めいめいが500円を5枚のコインに変え、散らばっていった。「じっくり吟味してから、これぞという銘柄を選ぶ」なんてのは無用だ。なにしろじっくり見ていても訳がわからん。結局名前の面白さとかラベルの奇抜さで選んでしまうんだから、それよりも「パッと目を向けて、おやっと気になったら即座にコインを投入しちゃえ」というのが正解。
「5枚あるんでね、あんまり絞り込まなくもいいかなと」
とかたっぴぃさんは言ってるが、この人結局さらに5枚を追加購入し、結局10杯を飲んだはずだ。
一方お酒を飲まない僕はというと、ひたすら彼らの「うひょおぉぉ」と盛り上がっているのを観察しているだけだ。ここはお酒の楽園であり、ノンアルの付け入る余地なんてどこにもない。なので、できることといえば、飲んでいる3人を無駄にけしかけるということだけだ。
「せっかくだから全種類制覇!なんてのはどうです?」
「無理でしょ、それは」
「いや・・・3人でメダル5枚ずつだから15杯でしょ?これをあと7回くらい繰り返せば、実現できないことはない」
「さすがにそれはちょっと(笑)」
「なに、今ここで全部飲めとはいいません、明日、帰り際にここでまた飲めばいいんです」
「明日、高松に出張なんですけど」
お酒がずらりと並ぶ場所の対面に、なにやら湯豆腐をすくう時に使うようなお玉っぽいものがあった。何かと思ったら、「セルフお燗」だって。この穴あきお玉みたいなものにお酒が入ったおちょこを載せ、お湯にしばらく浸けると燗をつけることができるのだという。
昔はこんなの、なかったぞ。いろいろアイディアが追加されて面白いなこの施設。しかし、お酒を燗にするともなればそれなりに時間がかかってしまう。みんな面倒臭がって、ほとんど利用されていなかった。
「寒いときは燗をきゅーっとやるのが一番でしょ?」
と水を向けてみたが、
「いや、そもそもおちょこが小さいので、燗でなくてもきゅーっと飲んでしまう」
ということだった。そりゃそうだ。
このエリアは飲食持ち込み禁止なのだが、いくら試飲とはいえ酒を立て続けに飲むのはしんどいことだ。なので、塩と味噌が置いてある。これを舐めつつ酒を飲んでくれ、という心遣いだ。
はるか昔からこの施設には塩がおいてあったが、年とともに置いてある種類が増えている気がする。味噌だって、置かれるようになったのはまだ歴史が浅いはずだ。
なお、飲み食いができない僕は、暇つぶしもかねてこの塩を舐めようと思ったが、試飲の人専用だった。そりゃそうか、ふらっとやってきた人に無料で塩をペロペロ舐められたらたまったもんじゃない。うちは慈善施設じゃねぇんだ、って怒られる。
もっとも、「塩舐め放題」の慈善施設なんてそもそも存在しないけど。
麻婆塩とかカンボジアの塩とか、とにかくいろいろな塩があるわけですよ。
清酒も種類豊富だけど、塩も豊富。こうなると、組み合わせは無限大だ。それにしても「麻婆塩」って一体どんな味がするんだろう?花椒と唐辛子が入っているのか?
酒好きも嵩じれば、塩だけで酒が飲めるようになるのだという。蕎麦屋に行っても、まっさらな蕎麦湯だけで酒が飲めたりもするらしい。ただし、そんな仙人の境地に達するにはかなりの修練が必要だと思う。
塩や味噌がふんだんにおいてあるこのエリアだが、さすがに利き酒を続けていくとしんどくなってきたようだ。おやびんがカウンターに行き、キュウリを買っていた。
キュウリ!そんなものも取り扱いはじめたのか、このお店。
「あくまでも利き酒フロアであり、居酒屋ではない」というコンセプトを意識しつつ、かといってちょっとは食べるものが欲しいよね、という客のニーズに配慮した結果が「キュウリ」だったらしい。丸ごと1本で100円。みずみずしいキュウリで口をリセットし、また新たな気持ちでお酒を嗜める。良いセレクトだと思う。これが「鮭とば」とか「よっちゃんいか」みたいな乾物系だったら、居酒屋になってしまう。
「キュウリ、いいねえ」
とおやびんは目を細めながらしみじみと語る。あ、ヤツはまだまだ飲む気満々だ・・・そのとき僕は確信した。
一方、よこさんはカウンターでなにやら別の注文をしていた。
リキュールだかなんだかだったと思う。チョコレート?アイスにリキュールをかけるとかなんとかだったっけ。
各自、それぞれ「味に変化をつける」ことをやらないと飲み続けることが難しいらしい。いくら昼から一献やる酒好きであっても、酒だけでクイクイと飲み続けるのは無理というわけだ。
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