栄枯盛衰を温泉地で見た【鬼怒川温泉】

第一ホテル1

14:51
廃墟が続く。

こちらは「鬼怒川第一ホテル」という名前だったらしい。この手の「第一ホテル」という名前は全国各地で見かけるが、「第二ホテル」「第三ホテル」というのは見たことがない。やっぱり一番じゃないとダメなんだろう。

でも、一番であってもしかるべき時がくれば廃業だ。諸行無常。

第一ホテル2

最初、「あ、この建物はまだ廃墟じゃないのかな・・・」という望みを感じた。というのは、建物がまださほど古く感じられないこと、そしてロビーなどのガラスがベニヤ板やトタンで覆われていないからだ。

不法侵入されないように入口を封鎖するのはお約束だけど、ここはそのような手が打たれていない。しかし、よく見るとやっぱり建物の中は荒れていて、「ああ廃墟だったか」、と。一瞬期待させてからの「やっぱり廃墟」というオチは、本当に気分が重たくなる。

この建物は、足湯・鬼怒子の湯から見上げた場所にあるあの廃墟ビルであることに気が付いた。

「鬼怒の八湯」という看板が出ている。昔はこの鬼怒川にも八つの名湯があったのかもしれない。あくまでも昔の話だけど。

第一ホテル3

それにしてもよくこんなところにホテルを建てたものだ。鬼怒川の東岸は崖の間近に幹線道が走っているため、道路と崖のわずかな隙間に建物を押し込むことになる。このホテルの場合、車寄せとなる場所をかろうじてこしらえることができている。あとの建物はもう、崖につっかえ棒を立てて空中に浮いているような状態なのだろう。

第一ホテル4

「入浴できます」という看板が未だに残っている。うそつけ。

廃業ったって夜逃げ同然だったわけではあるまいに、こういうのを取り外す精神的余裕はなかったのだろうか?ガラス越しに見えるロビーの中も、なにやら物がたくさん残っているようだ。「飛ぶ鳥あとを濁さず」というわけにはいかないのが廃業ということなのだろう。

調べてみたら、廃業したのは2008年とのこと。まだ10年も経っていない。

正面があさや

鬼怒川第一ホテル(廃墟)から川を挟んで斜め向かいにあるのが、ゴージャスホテルの「あさや」。なんなんだこの対比は。さすが現役バリバリのホテルだけあって、「安心してみていられる」作りの建物。くすんだ感じがない。

あさや一人勝ちじゃないか!と言いたくもなるが、そうも言っていられない。なにしろ、あさやに宿泊しているお客さんは窓から渓谷美を楽しめるだけでなく、正面にある廃墟群も目にしなければならないのだから。なんとも不景気な光景だ。誰が好き好んで宿の部屋から廃墟を見たいと思う?あさやにとっても、廃墟については他人事ではない。

マイナス要素をプラスに発想転換!廃墟のまち・鬼怒川としてこれからは廃墟探検ツアーを売りにするんだ!・・・というのはたぶん無理だな、そういうマニアックなものを喜ぶ人の総数と、鬼怒川のホテル群が生きていくために必要な集客とでは桁が違いすぎる。むしろ印象が悪くなるから、廃墟を売りにするのは無理だろう。

でもあさやの隣が廃墟

あさやの隣が、先ほど正面から見た鬼怒川温泉ホテル。

渓谷側から見ても、コンクリートの外壁は雨が降ったせいもあって黒ずんでおり、色気があるわけではない。しかし立派に営業しているのだからうかつな発言をしてはいかん。

この連載を読んだ金融機関にお勤めの方から、「鬼怒川の旅館業は、春の社員旅行・夏の家族旅行・秋の社員旅行および紅葉シーズンで成り立っている」とメールで教えて頂いた。この3シーズンの儲けを支えに、冬はじっと雌伏のときなのだそうだ。そのため、金融機関も旅館業者に対しては「借金の返済は(冬の3ヶ月を除いた)年9回払い」という変則的な対応をしているという。

稼げる時期に稼げるだけ稼がないと冬になると苦しくなる。そのため、年間を通じてみるとオーバースペックともいえる部屋数を確保して営業に臨んでいるそうだ。維持費がかかろうがなんだろうが、ピーク時に客の取りこぼしがないようにすることが大事なのだろう。まるで競馬の馬券販売窓口と一緒だ。ずらーっと並ぶ窓口は、普段は閑散としているけど締め切り直前になると大混雑する。

崩れそうな道

鬼怒川第一ホテルの南側は、がけ崩れが起きていた。車道と歩道を分離するもともとの白線が境目となり、崩れ落ちている。

行政としては崩落した土地を復活させる気がなかったらしく、車道の幅を短くすることで無理やり「なかったこと」にしていた。そして崖に落っこちないように、ガードレールとフェンスの二段構えになっていた。

もともとこんな崖ギリギリのところに道路があるというのに、さらにその道路と崖の隙間にホテルを建てるのだから無理やりにもほどがある。

鬼怒川に廃墟が並ぶのは、こんな無茶な場所だからこそ、という側面もあるのだろう。

建物取り壊し費用を残して廃業するのが一番美しいけど、ギリギリの自転車操業の末の廃業だろうから、そういう余裕はないだろう。ならば、せめて「取り壊して土地を売れば値がつく」ならばよいのだけど、こんな崖なら値がつかないはずだ。

しかも、こんなトリッキーな場所にトリッキーな建物を建てているので、取り壊すのにはかなりのコストがかかる。鉄の球をどっかんどっかんぶつけて、かにバサミみたいなものでバキバキやれば壊れる、なんてものじゃないからだ。足場を組まないといけないし、ぶっ壊した建材が鬼怒川に落ちないようにいちいちしっかりと受け止めないといけない。想像しただけでうんざりする手間だ。

これ、どうするんだろうねこの後。放置しておけばいずれ風雨で倒壊するんだろうけど、それをひたすら待っているのだろうか?「ああ、お天道様が壊してくれた。壊すコストが省けた」って。で、「自然に壊れたものだし、川底に落ちた瓦礫は知らんぷりしてもいいよね?」って。まさか。

こちらも廃墟

14:55
崖の危険エリアを通過した先も、また廃墟。

ここも大きなホテルなんだけどなあ。。。

なんでこの会津西街道沿いはこうも廃墟が続くのだろう?崖に面していて、駐車場が確保できないとかいろいろ地理的な制約があったのだろうか?単にセンスが悪い経営者がこのあたりに密集していた、という偶然ではあるまい。

ホテル入口

ホテルの入口は、自動ドアが半開きになっていた。中に侵入することもできるようだ。ヤンキーのたまり場になりそうな気がするのだけど、このあたりは治安が良いのだろう。そういえば一連の廃墟で、ガラスが意図的に叩き割られたり、落書きだらけにされている気配はなかった。温泉に浸かると、柄の悪い人も保っこり・まったりしてしまうのだろうか?

玄関ドアの上には、「鬼怒川観光ホテル 東館」と書かれていた。あれっ?鬼怒川観光ホテル、といえば、先ほど「今晩のお宿・鬼怒川御苑」の脇から橋を渡って鬼怒川西岸に向かった際、目の前に見えたホテルだ。あそこはきっちりと営業していたぞ?

本館は営業を続けているけど、この東館は営業をやめてしまったということだ。しかも、見捨てられて廃墟。営業をやっているなら、その稼ぎを使ってこの建物を責任もって壊してくれよ、と思う。

しかし、後で知ったことだけど、鬼怒川観光ホテルは今や「大江戸温泉物語グループ」の一員になっている。おそらく、大江戸温泉物語グループに買収される際、東館はその対象から漏れたのだろう。不良資産までは買い取りませんよ、ということで放置されたっぽい。だから、この東館の後始末については、大江戸温泉物語としても「知ったこっちゃない」のかもしれない。

新興勢力が鬼怒川の従来の宿を再興させる一方で、廃墟は相変わらず増える。

温泉中央口というシュールな名前

皮肉だなあ、と思うのは、この鬼怒川観光ホテルの目の前にあるバス停の名前が「温泉中央口」であること。他の土地からやってきた人が、このバス停で下車したらさぞやびっくりするだろう。だって、「温泉中央口」という晴れやかな名前なのに、目の前が巨大な廃墟ホテルなのだから。鬼怒川どうなっとんねん、という光景。

電車

ありゃ。なにやら真っ赤な列車が通り抜けていくぞ。

なんて派手なんだ、と思ったら、快速の「AIZUマウントエクスプレス」だった。会津若松から東武日光までの間を行き来する電車らしい。二両編成。



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