栄枯盛衰を温泉地で見た【鬼怒川温泉】

館内地図

さあ、風呂に入りがてら館内探検を開始しよう。

・・・いかんなあ、こういう「ワクワク感」を求めちゃいけないのに。じっとおとなしく、ひたすら風呂と部屋とを行き来するだけの時間を確保するための旅行なのに。「毎月続いた温泉療養シリーズが今回で一区切り」ということもあって、つい羽目を外してしまっている。第一回目の那須湯本のときがかなりストイックだったのに、どんどん物見遊山になってきているのは反省しなくちゃいけない。主旨を忘れるなよ、と。

とはいっても、今から目をつぶり、耳をふさいだ状態で小走りで風呂場までダッシュ、というわけにはいくまい。もうこうやって宿泊しちゃったからには、それを最大限楽しまないと。もちろん、カラオケをやるぞ!とか夜食処で暴飲暴食するぞ!なんて余計なことをするつもりはないけど、館内探検は「風呂に行くために仕方なく行う」、ということにしよう。だって非常口をチェックしなくちゃいけないし、道に迷ったら困るし。

先ほど、宿を縦に切った断面図を見た。このホテルは3つの建物に別れている、ということは理解したところだ。若干ややこしい部分があるものの、館内の構成は概ねシンプルな作りに見えた。

しかし、今手元にある「宿をフロア単位で示した横の断面図」を見ると、やっぱり建物の作りが複雑だ。
袋小路があちこちにあったり、謎のワープルートがあったりすることはないのだけど、こういうのを見るとテンション上がるぜ。

夕食と朝食の会場となっている場所は4階に「レストラン四季」としてあるのだが、それとは別に4階、5階、6階に宴会場が大小さまざま何部屋もある。大江戸温泉物語傘下に入ってからも、宴会場は使われているのだろうか?基本的に朝夕はバイキングだと思うのだけど、高い料金プランのお部屋だと、別会場でシャナリシャンナリと会席料理なんぞが出てきたりするのだろうか?

あと、6階には「料亭街」と名づけられたエリアがあった。ここには「椿」や「桂」といった名前の部屋が並び、どうやら個室のお座敷があるっぽい。これもまた、今でも使われているのだろうか?昔の名残として残置されているのか、それとも現役なのか気になる。

廊下

さっそく部屋を出たのだが、さっそく目の前に謎の通路を発見した。

この通路、先ほどの館内地図には載っていないぞ?

こういうのがあるから、旅館探検というのは面白い。「事情によって使われなくなったエリア」というのが結構存在するから。

廊下

立ち入り禁止になっていないようだし、遠慮なくずずいと謎の通路を歩いてみる。

するとその先はL字型に折れて行き止まりになっていて、客室3部屋があった。1つの部屋には827号室、残り2つには部屋番号がついていなかった。もちろん、この3部屋については地図には載っていないし、827号室という番号もどこにも載っていない。

ちなみに827号室とその隣の部屋には「Don’t Disturb」の札がぶら下げてあった。中に人がいるのだろうか?

「開かずの間」とかそういう陰惨な話ではあるまい。ひょっとしたら従業員の宿直室として使っているのかもしれない。渓谷側ではないので窓からの眺めはあまりよくないし、客には提供していない部屋なのだろう。

壁に埋め込まれた美術品

謎部屋をいくら詮索したって結論が出るわけじゃない。むしろ、ウロウロしていたら不審人物として通報されてしまう。「謎部屋がありました」というだけで納得し、別の場所へと移動する。

階段を使って下の階に向かうが、その途中大きなガラス張りの違い棚があってびっくりした。そこには金色の大きな椀が。物の価値はよくわからないが、決して安い物ではなさそうだ。

もともとの宿にこれがあって、そのまま引き継いだのだろうか?それとも、大江戸温泉物語としてリニューアルした際にこういう装飾品を導入したのだろうか?わからない。

ここで、大江戸温泉物語にオーナーチェンジする前の、「(株)ホテル鬼怒川御苑」について紐解いてみた。

東京商工リサーチによると、2006年2月にこの株式会社は倒産しているのだけど、その際の負債総額は53億円。建物が競売にかけられていたということなので、おそらくめぼしい資産はすべて差し押さえをくらっていたはずだ。ということは、こういう美術工芸品が旧ホテルから現在に引き継がれたとは思えないので、大江戸温泉になってからのもの、ということなのだろう。

ホテル鬼怒川御苑は昭和47年1月に設立されたホテル経営会社。鬼怒川温泉地区の既存ホテルを買収して同年5月から営業を開始した。その後、増・改築を繰り返し平成7年に「百花の館」を新築したことで、客室225室、収用人員約1300名の同温泉地区上位ホテルに業容を拡大した。以後、平成7年から9年にかけては団体客の好調で業績を伸ばしたが、平成9年以降は観光客の減少と宿泊料金のダンピング競争で業績は低下、平成17年2月期は年商22億3400万円にとどまり低収益が続いていた。

(東京商工リサーチより引用)

年商22億ありながら倒産してしまうのが、この規模の温泉旅館。やっぱり規模を追求して図体がデカくなりすぎると、商業規模が縮小した時点の撤退戦が苦手になるのだろう。

ちなみに倒産の引き金を引いたのは、やはりここも足利銀行の破綻だったようだ。あさやホテルが借金棒引きにされ、産業再生機構によって支援されて大復活を遂げたのと対照的だ。産業再生機構としては、すべての鬼怒川のホテルを救済なんて無理だから選別があったわけだが、「選ばれたホテル」と「選ばれなかったホテル」はその後の境遇が大きく変わったようだ。

このあたりは、「温泉街の事業再生と地域金融機関-鬼怒川温泉と足利銀行の関係を中心に-」というレポートが詳細で、とても読み応えのある文章になっている。ネットで検索すれば閲覧できるので、興味がある方は読んでみてほしい。

このレポート内で、往年の鬼怒川温泉の賑わいについて触れている一節がある。

バブル期の鬼怒川温泉には、 団体客が貸し切りバスで大挙してやって来た。 黙っていても客室は満杯になったので、 とても個人や小グループ客を相手にしている余裕はなかった。 また、その必要もなかった。 夕食、 朝食の時間も、 旅館の都合でいっせいにさばく状態で、 くつろぎを求めてやって来る客には極めて不評であった。集客をエージェント (旅行代理店) に依存していたこともあって、 へたに旅館が独自の企画を出したりすると、 エージェントから 「余計なことはしないでくれ」 とクレームがついたという。 個人に関心を向け、 特色ある温泉街を創るという旅館サイドの努力の芽は、 この時既に摘まれていたのかもしれない。 ある旅館経営者は、 「温かい食事を温かいままに出す、 そんなささやかなサービスもこれまではできていなかった」 と当時を振り返る。

景気のよさ、威勢のよさが伝わってくる文章だ。昔は鬼怒川に限らず、熱海や伊香保、水上、石和・・・と関東近郊の温泉街はどこもこんな感じだったのだろう。

天井

きれいさっぱり建物をリニューアルしているようだが、さすがにネチネチと見ているとアラはある。階段を見上げると、若干壁にしみがあったりする。

館内1

階段で6階に下りてみた。ここには地図上に宴会場が記されていたからだ。

行ってみると、確かに宴会場があった。そりゃそうだ、地図に書いてあるんだからあって当然だ。

夕暮れ時だったけど、もちろん宴会準備で騒がしいといったことはなくひっそりとしていた。電気も消えていて薄暗い。

しかし、ここにも美術品が。大きな磁器の壺。

館内2

そして、なぜか狛犬。

こういう展示は誰の趣味なんだろう?

館内3

宴会場はずらっと並ぶ。

しかしどこも使われている形跡がない。かといって、単なる物置になってしまっている気配もないので、週末とかは何か使っているのかもしれない。ふすまを開けて中を見てみたかったが、さすがに勝手なことはやめておいた。

館内4

あちこちに美術作品が展示されている。

この書には、「サトウハチローの詩」と書いてある。サトウハチロー自筆、というわけではなさそうだ。

館内5

隣の館に水平移動しよう。建物ごとにイメージカラーが明確にされていて、わかりやすい。看板の字も大きく、お年寄りにも理解されやすいと思う。

建物同士は高さが違う、というのは旅館の増改築でよくある話。写真のように、階段を少し下って隣の「月光の館」へと向かう。そして廊下の向こうは、まっすぐしていない道。こういうのも増改築の産物だ。

館内6

行き先表示板。「右」「左」だけでなく「斜め」という概念もあるという

館内7

この「月光の館」はフロントがある建物で、鬼怒川御苑の中心に位置する。おそらく「本館」に位置づけられる場所で、カーペットも、扉も、先ほどの「淡雪の館」と違う。

館内8

月光の館をずーっと歩いていくと、今度は「百花の館」が見えてきた。ダンジョン探検をやっている感じで、楽しい。「単に客室がずらっと並んでいるだけじゃないか」なんて言ってはいかん。



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