栄枯盛衰を温泉地で見た【鬼怒川温泉】

建物内15

13:34
広い廊下。ここまで幅があるなら、大名行列だってそのまま通行できるんじゃないか?

この幅には何か理由があるのだろう。でなければ、やっぱり、えらい人としもべとがすれ違う際に肩がぶつかるような幅ではまずいので、十分な間隔を空ける必要があったのだろう。

建物内17

御食堂。

厨房から運んでくる間に料理が冷めてしまいそうだ・・・と思ったが、よく考えたらここは避暑のために作られた御用邸だった。冬は(原則)使われないので、あまり考慮しなくてよいのかもしれない。

18

御湯殿。

風呂場跡。あれ?さっき風呂場を見かけたけど、またここにも。

「露天風呂を作ろう!」という発想はなかったんだろうな、当時は。

建物内19

皇后御座所と、その奥にある皇后の御寝室。

皇后の場合、寝る場所とリビングとが隣あわせだ。意外と慎ましやかかもしれない。

建物内20

あれ?また風呂・・・

皇后専用の風呂だったか、なんだったか、今となっては覚えていない。部屋数が多くて、何がなんだか。
この建物、ふすまを全部閉めて、サバゲーの屋内戦をやったらさぞや面白いだろう。建物に立てこもったゲリラと、それを制圧する部隊との戦い・・・とかって。でも、銃撃戦で貴重な文化財が破壊されるから冗談でもそんなことを思ってはいかん。時代が時代なら、不敬罪で処罰されるぞ。

建物内21

順路最後のほうでは、お土産物を売る売店まであった。便利な施設だな。

中では、金つばや「御用饅頭」などが売られていた。なぜに金つば?

さすがに、那須塩原の銘菓「御用邸の月」はここでは売られていなかった。

建物内22

えーと、ここはなんだっけ。侍従の部屋だったかもしれない。

建物内23

立ち入り禁止エリアがある。中を覗くと、畳の間があるようだ。

建物内24

えっ、研修施設として利用できるの?ここ。

すごいなぁ、「茶道や華道」目的というならまだしも、一般的な会議や研修にも使えるんだそうだ。こういうところで会議をやってみたいものだ。お題目?・・・いや、特に何も思い浮かばないけど、適当に。
でも、施設が施設だけに、思想的な集団なんかが貸してくれと言ってくることがあるだろう。まあ、思想の自由ってものがあるので、反社会的集会であったり、「コイツラに貸したら、建物を壊されそうだ」という集団でなければOKにしているのだろうか?

建物内25

内謁見所。

皇后陛下が謁見をする際の部屋。皇后にも来客というのがあるのだな。

こういう人たちの「謁見」というのは一体どういう人が、どういう目的で訪れるのかさっぱり想像がつかない。「近くに来たのでちょっと立ち寄りました」なんてわけにはいかないだろうし。天皇陛下なら、国事行為がいろいろあるから謁見はたくさんあるだろうけど。

建物内26

建物の外を見る。

かなりしっかりした作り。

外に出る

13:44
御用邸を後にする。いやー、これはすばらしいひと時だった。日光観光は何度も経験があれど、この御用邸の存在は知らない!という人は多いだろう。この建物を見たときのワクワク感は、とてもじゃないけどひとり旅にはもったいない。また今度、人を連れて再訪したいものだ。「すごいねー」と感心しあいたい。一人でワクワクしていても、この気持ちがモヤモヤしてしまう。

先ほど使った門とは別の門から外に出る。

風情あるおももち

門を出てから日光東照宮方面へは、まっすぐに伸びた道がある。ここは御用邸通り、と名前が付けられていて、趣のある風情となっている。ここを歩いて駅まで戻っていこうと思う。

民家

かなり大きな家。この地に御用邸の土地を提供した地元の名家だったような気がする。記憶が曖昧なので嘘かもしれないけど。

格子戸

くぐり戸付きの玄関だった。さすが。

お店

13:46
日光甚五郎煎餅のお店。

当初ここで煎餅を買って帰るつもりで、そのためにもこの道をわざわざ選んで歩いていた。

なのに、お店に立ち寄ることなくここを素通りしている。当時何で気が変わったのか、覚えていない。実山椒を買ってしまったので、お土産という点では満足してしまったのかもしれない。

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