いやあ廊下が狭い。
これまで歩いてきた、フロントから自室(および大沢の湯)に通じる「メインストリート」でさえ狭いけど、ここはそれに増して狭い。しかも片方が窓ガラスなので、余計狭く感じる。・・・いや、感じるんじゃない、実際に狭い。
これが一戸建ての自宅廊下ならなんら不思議はない幅だけど、「宿」であると思えばなんとも心もとない。しかもすぐ右側には障子一枚挟んで、客室だ。僕が泊まっている同様に簡素なフックの鍵が付いているかもしれないが、取り外し可能な障子である限りセキュリティは無いに等しい。若い女性は心配でおちおちこの宿には泊まれないだろう。
でもご安心ください、山水閣という立派な別棟もご用意しております。この自炊部はあくまでも「格安で、長期滞在できる場」を提供しているに過ぎない。セキュリティだのプライバシーだの気にする人が利用しちゃいけない。
全ての廊下が狭い、というわけではない。広い廊下もあった。しかし、この廊下には各部屋ごとに下駄箱が用意されているため、実質有効通路幅は随分と制約されていた。あと、相変わらずこのあたりもふすま一枚で仕切られた部屋だ。
床は比較的新しい。さすがに傷んだところは修復をしてある。ただし、木造建築という構造上、人が歩くとドシドシとかなり大きな音と振動が出る。僕自身、自分の部屋にいて頻繁にどきっとさせられた。慣れるまでは、「怒っている人がわざと足音荒く歩いている」としか思えなかったからだ。
「やっべえ、何か頭おかしい人が部屋に押し入ってくるかも!」
と思わず身構えた事数知れず。それくらい、音は激しい。
振動や騒音で眠りが妨げられる、という人には向かない宿だ。最近の家や宿はそういうのとは無縁な、静かな環境が多い。だから、たまにこういう宿に泊まるとびっくりしてしまう。
「いやあ、狭いったらないなぁ」
とニヤニヤしながら、狭い廊下の写真を撮りまくる。こういうの一つとっても、とっても面白い。
ただ、一度探検すれば十分なので、この広い宿ではあるが探検は一回限りだった。3泊4日の間中、ソワソワしてワクワクして館内をうろつきまわった訳ではない。いやあ、やっぱり長期滞在はいいわ。何度も繰り返すが、これが1泊2日だったら、ソワソワしたまま滞在時間終了でサヨウナラになっていた。
自炊部の大まかな状況は把握できたので、ようやく入浴することにする。フロント周り、とくに売店はまだ未開拓だが、ここはじっくりと観察したい。湯治宿の売店ではどんなものが売られているのか?興味津々だからだ。「湯治客専用コンビニ」という位置づけだと、町中コンビニとどう違うのかが楽しみだ。
湯治宿の売店にコンビニATMがあったら便利だし、財布に大金を入れなくていいからセキュリティ上安心だなーと思う。しかしそんな宿なんてあるものか。
部屋のすぐ脇にある階段を下ったところが、大沢の湯。
広い露天風呂が広がる。
正面には菊水館。
「菊水館に泊まっていたら露天風呂が丸見えやんけ!」
とか言ってはいけない。それは今まさに僕が泊まっている部屋だって一緒だ。しかし、あまりに露骨すぎて障子を閉めっぱなしにして「無罪を主張」するのが精一杯だ。
川沿いに露天風呂、山側には脱衣場という構造。
僕は男性なのでよくわからないのだけど、女性という生き物は「裸を見られるより、むしろ服を着脱している姿を見られた方がよっぽど恥ずかしい」らしい。どこかの本で読んだ。何の本か覚えてないし、その本の信憑性は怪しいけど。
そんなわけで、露天風呂に晒されているこの脱衣場で女性が着替えをするのはかなりハードルが高い(はず)。だから、階段を下りたところに倉庫風の小部屋があって、そこが女性専用の更衣室になっていた。もちろんこの露天脱衣場を女性が使っても構わないけど、滞在期間中それをやる女性を一人も見かけなかった。
露天風呂から曲がり橋を眺めたところ。正面右に見える建物の窓部分が僕の部屋。
「いや、マジで一切のぞき見する気なんてないですから!信じてください!」
という気持ちがビシビシと伝わってくる障子の閉まりっぷりを見よ。
お湯は無色透明。
泉質は「アルカリ性単純温泉」となっている。
「なんだ、単純温泉なのか。つまんねー」と思う人が後を絶たないのか、宿の公式サイトにはわざわざ注釈で「※単純泉とは、いろいろな成分が溶け込んでいて、その中で突出した成分がないという意味です。」と書いてある。ただし、効能に「神経痛、筋肉痛、関節痛、慢性消化器病、痔疾、冷え性、うちみ、くじき、疲労回復、健康増進」と記載されており、普通に自宅の水道水風呂に入浴してもその効果は得られるのではないか?と思ってしまう。あ、でも「慢性消化器病」は水道水だと無理か?
いずれにせよ、健康増進ができるんなら僕としてはオッケーだ。
そういえば、話はちょっとずれるが「精神病に効く」とされる温泉が宮城県にある。東日本大震災のため閉鎖してしまったという噂があるが、その名前は「定義(じょうげ)温泉」という。山奥にある一軒宿で、精神を病んだ人が湯治としてその宿に長逗留していたらしい。一般客の受け入れは一切行っておらず、しかるべき方からの紹介があった人のみがその宿を利用できたという。地図にもまともに載っていない宿で、「秘湯中の秘湯」だった(今ではGoogleマップなどで場所を確認できるが、相変わらず車で現地に行くのは困難らしい)。
湯温が人間の体温に近い(37度前後)ということから、交感神経かなにか脳に良い影響を与えるらしく、病人はひたすら一日中この風呂に入り続け、治療を続ける毎日を送っていたという。
また、Googleの画像検索などで建物写真を見ることができるが、建物の重厚さにびっくりさせられる。こんな建物が山奥にこっそりとあったのか!と。
で、温泉好きが何度となくこの温泉宿に挑戦し、しかるべき方の紹介がない限り無理、と宿の人に追い返されたようだ。実際にこの温泉を利用したことがある、という人の体験記は僕はまだ読んだことがない。つげ義春がこの宿に潜入したことがあるようで、そのエッセイがあるという話は聞いたことがあるけれど。
大沢の湯、というか大沢温泉のお湯自体は白濁しているわけではなし、特徴的な泉質を持っているわけでもない。他の温泉地と比べて特別秀でているわけではないのだが、毎分700リットルも出ていることから贅沢に掛け流しができることと、湯治ができる大規模施設が備わっていること、そしてこの開放感ある露天風呂が魅力だ。
全国各地に露天風呂がある宿は数多あるけど、この大沢の湯の開放感はとても気持ちが良い。そこそこ大きいし、作り込まれた「大パノラマ感」がなく素朴なのもいい。
ただし開放感がある露天風呂なので、混浴時間帯に女性が入るのはちょっとためらわれるかもしれない・・・と思ったが、滞在期間中時折若い女性の姿を見かけた。カップルだったり、単独だったり。湯船が広いし、適度に遮蔽物となる岩があるので、平日で空いているのであれば女性の姿が見えない場所に男性が配慮して入浴する、というのは可能だった。
また、夜になると薄暗いので、そこまで配慮しなくても女性は入浴ができていた。
どっちにせよ、メガネを外した僕は視力が0.1以下+乱視なので、何にも見えない。混浴だろうがなんだろうが関係ねー。
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