
9時半開店、という情報をスマホで仕入れ、挑んだオアシス21の靴屋だったが、9時半になってもお店は真っ暗だし店員さんが一人もいない。ガセ情報だったようだ。
「9時半開店じゃなかったのかよーッ」
よこさん、ソワソワする。
10時近くなって、ようやく店員さんが現れた。シャッター越しに店員さんに声をかけるよこさん。聞くと、開店は10時なんだという。ほら、やっぱり「9時半開店」っていうのはガセだった。どうしてそんな情報を引っかけてしまったのか。他よりもいち早く開店する靴屋だ、ということで選んだお店だったのに。
昨日の夜、僕が「とんちゃん」を求めて急きょスマホでお店を探したときも、あまりうまくいかなかった。スマホという限られた画面の中で、不慣れな土地のよくわからない情報を探すというのは結構難しいものだということを異なる二人が思い知らされた格好だ。
情報の精度、鮮度、地理感など、土地勘のある場所のお店ならすぐに「あれ?これはおかしい」とか「あ、これはナイス」ということに気がつく。しかし、我々一同名古屋部外者であったため、気がつかなかった。特に自宅の高速光回線などと違い、若干もたつくモバイル回線ともなればなおさらだ。スマホの場合タブブラウザではないので、複数の情報を比較検討するというのも苦手だ。

そうこうしているうちに、お店のシャッターが開いた。10時開店なのだけど、よこさんを哀れんで6分前倒しの9時54分開店だった。店員さんありがとう。でも、まだレジにお金が入っていないし、お店の準備が何もできていない。
「あ、いいです、試し履き勝手にやってますから、お構いなく」
確かにそうだ、服なら試着なしで買うことはできなくもないが、靴ばっかりは試しに履いてみないといけない。それを客の方で勝手にやってるぜ、というわけだ。
店員さん、何事かと思っただろう。朝番として出勤してみたら、なにやら「早く店を開けろー」と勢いづいた女性客がシャッターにへばりついているという状態。ヒールが折れて動けない、とか追いはぎにあって靴を盗られた、という雰囲気ではなさそうだ。で、周囲にはなんだかニヤニヤした大人達男女合わせて5名がいる。なんなんだこれは、と。
「どうされたんですか?」とはさすがに聞かれなかったけど、もし聞かれた場合、素直に「これから食べ歩きなんです。食べ歩きに最適な靴を、と思いまして」と答えていたところだったんだが。
「食べ歩き・・・に適した、靴・・・?ですか?」
店員さん、すっごく困惑しただろう。「ウォーキングに」とか「今着ている服に似合う」といったリクエストではなく、「食べ歩き用の靴」というリクエストなんて、人生で一度もないに決まっている。接客マニュアルにだって、書いてあるわけがない。

シャッターが開く前からよこさんは店内の観察に余念がなかった。完全に鉄板でふさいでしまうタイプのシャッターではなく、牢屋風鉄格子のシャッターだったからだ。しかも、ちょうど値段的にも歩きやすさも手頃なスニーカーが店頭に置いてあり、まさに買ってくれといわんばかりだった。
「よこさん、あれでいいんじゃない?」
みんなでやいやい薦める。
これが1万円を超えるような高級ブランドシューズしかお店では取り扱いがないのならばお気の毒だ。いくら今後も使えるものだから、といっても突発的な出費としてかなり痛い。しかし、3,900円程度ならまあ社会人としては許容範囲ではないか。
本人も、お店が開く前から既にその気になっていた。

で、試し履きして即購入決定となったのがこのスニーカー。これから暑くなるシーズンに向け、ハイカットなのはやや蒸れそうな気がしなくもないが、無難なデザインだ。スニーカーなのでもちろんヒールなんてものはなく、のっぺりとした靴底がいかにも食べ歩き向きっていう感じだ。
「いいんじゃないでしょうか」
一同ベタ褒め。本人もまんざらではないようで、
「いやー、さっきまでのが嘘のようですわー。歩きやすいっすねー」
と右へ左へと動き回っていた。
「でもよこさん、そのいらなくなったブーツはどうするの?」
「ああ、ザックの中に何とか入るっしょ。まだ余裕あるし」
実際、よこさんが背負っていた山用としても使えるザックには、余裕でこのブーツが格納できた。「大は小を兼ねる」という言葉がこれほどぴったりくるとは思わなかった。教訓。1泊2日旅行、宿にはアメニティ有りであっても、バッグやザックは大きめなものを持っていこう。

よこさんが精神的肉体的にも随分復活したところで、我々はさっきから気になるオアシス21の大屋根、「水の宇宙船」に登ってみることにした。なんとこの大屋根、10:00~21:00の間は立ち入ることができるらしい。

いやだって、天井だぞ?しかも水がたぷたぷしているところだぞ?どうやって上に登るのよ、というのと、上に登ったらどんな景色があるのよ、というのが想像つかない。とりあえず、エレベーターを使って「ルーフフロア」、水の宇宙船に向かってみた。

おおなるほど、こういうことか。
大きなガラス屋根の上に出てみると、そこはかなり気持ちの良い風景が広がっていた。ガラス張りの屋根の上が大きな池になっていて、下が丸見えだ。逆に下から見上げると、空がよく見える。しかし、小さな噴水があちこちにあって水面が常に揺れているので、その景色はモヤモヤし、光が乱反射して面白い景色になっている。
さすがにこの水の真上を歩くことはできない。そんなことをしたら、スカート姿の女性だったら下から丸見えで公然わいせつだ。いや、そんな心配する以前に、構造が面倒臭すぎるからやらない。ルーフフロアに上がった人は、このオーバル状の屋根の縁に沿って歩道があるので、そこをぐるっと回ることができる。
ただし、ぐるっと回ったところで特に何があるわけでもないので、大抵の客はエレベーター周辺から離れず、数分したらエレベーターで階下に戻って行っていたけど。

屋根の部分がガラス張り、しかも池になっているということも驚きだけど、この界隈は高層ビルが少ない分空が広く感じる。そもそもここが広い敷地のオアシス21の屋根にあたるので、その開放感たるや相当なものだ。
そして、眼前には名古屋テレビ塔。

なんなんだろう、人はテレビ塔の類が好きだ。
東京タワーは今でも東京のシンボルの一つだし、札幌のテレビ塔や通天閣といったものもシンボルだ。他に高いビルなんていくらでもあっても、「タワー(塔)」というのが人の心をグッと掴むらしい。
「東京スカイツリーはかっこわるい」「東京タワーよりも愛着が湧かない」とさんざんな言われっぷりの東京スカイツリーでさえ、遠方からでもちらっと見えたら「おっ!スカイツリー見えた!ラッキー!」という気持ちになる(いつでも見ることができるところに住んでいる人を除く)。しかしこれが、六本木ヒルズが見えた!となっても、別にどうでもよかったりする。
そんなわけで、名古屋テレビ塔を見てはしゃぐおやびん。
「ねえねえ、私テレビ塔やる!」
と自ら言い出したのでどうするのかと思ったら、両足を広げ、手を高く掲げてAの格好になってドヤ顔を決めていた。これで写真を撮れ、ということらしい。
「いいね!そっくりだよ!すごい!」
適当に絶賛しながら写真を撮影しておく。
それにしても、東京タワーを見慣れている東京(及びその周辺県民)の我々からすると、名古屋テレビ塔は不思議に見える。なんだか、地面にめり込んでいるように見えるからだ。
というのも、東京タワーは高さ150mのところに「大展望台」、そこから別料金を払えば250m地点の「特別展望台」に上がることができる二段構造になっている。それを踏まえると、名古屋テレビ塔は既に地上部分に「東京タワーの大展望台に相当する部分」があるように見え、「めり込んでいる」感覚を覚えるのだった。
「名古屋は地下街文化の街だから、実際に地下にめり込んでいるのかもしれない」
と冗談を口にしたが、さすがにテレビ塔でそんな面倒なことはしない。でも気になるので、予定には入っていなかったけどこの後実際にテレビ塔に行ってみることにした。どうせ名古屋城に向かう途中にある場所だし。
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