
僅かとはいえ、新幹線の出発までまだ少し時間はあった。たっぴぃさんはホーム上の売店に寄り、何かを買っている。あ、ビール500mlだ。
たっぴぃさんはここで僕らを見送り、そのまま単身赴任先の自分の家に戻ることになっている。まさか晩酌用にここでビールを買う、というわけではあるまい・・・と思ったら、奥さんであるおやびんに渡していた。たっぴぃさんなりのねぎらいだったようだ。おやびんは「イエーイ」と言い、嬉しそうにそれを受け取っていた。
さっき、矢場とんで生ビール飲んでたのに!しかも、今回の缶ビール、350mlじゃなくて当然のように500ml!
「500mlなんですね?」
「足りない、ってぶーぶー言われないようにしなくちゃ」
確かにおやびん、この500mlをさも当然とばかりに受け取っていた。「ちょっとー、何よこれ、量多いじゃないの!」みたいなやりとりはなかった。さすがだ。

時刻は18時。新幹線の出発まであと3分。
微妙に時間があるような・・・。チラ。
ホーム上にある、立ち食いのきしめん屋が気になる。当初計画では、ここできしめんを食べて、新幹線車中で手羽先食べて、合計10の喰い地獄完遂!となるはずだった。しかし最後ドタバタしてしまい、きしめんを食べるという選択肢がこぼれてしまった。
でもなあ、あと3分「も」あるんだよなぁ。

じりじりと近づいていく。
ふーん、きしめん、350円か。
トッピングがないノーマルのきしめんは、お店としてはおすすめしていないらしく随分わかりにくいところにボタンが追いやられていた。やはり、客単価が上がる「かき揚げ(玉子入り)きしめん」(570円)、「海老天(玉子入り)きしめん」(720円)、「名古屋コーチンきしめん」(870円)といたボタンが一番目立つところに配置されていた。
でもこれ、「うわ、このお店食べ物が高い!やめた!」と食べるかどうか悩んでいる客に思わせてしまうやり方だと思う。強い意志でボタンをじっくり眺め続けないと、そこそこ手頃な値段である素のきしめんボタンを発見できない。その前に値段が高いことに失望し、このお店を諦めてしまうだろう。
・・・で、僕がこの素のきしめんボタンを見つけた、ということは?

「え、今から?新幹線来ちゃいますよ?マジで?」
驚くたっぴぃさん、いや、でも3分あればなんとかなるんじゃあるまいかと。ここの麺は茹で置きだから、暖め直して、ちゃっちゃと湯切りして、つゆを注いで・・・1分あればできあがるんじゃないか?で、1分で食べて、1分で新幹線に飛び乗る。机上の空論だけど、できなくはない。
指定席のある車両はこのきしめん屋から離れているが、車両内を歩いて移動していけばいいだろう。
ここまではよかったが、さすが定時運行が自慢の新幹線、1分前には発車ベルがなり始めた。うわあ、もう少し時間があると思ったのに!
「このベルは長めに鳴るはずだ、もう少し、あともう少しだけ!」
とチキンレースを繰り広げようと思ったが、さすがにリスクが高すぎる。まだ二口くらいしか食べていないのに。

「たっぴぃさん、ちょっと!」
「え、何?」
外で待っていたたっぴぃさんを店内に呼び寄せ、何だかよくわかっていないたっぴぃさんに丼を押しつけた。
「あとはお願いします」
「えっ?残りを食べろ、と?マジで?」
その言葉に答えることなく、僕はあわててお店を飛び出し、新幹線に向かってダッシュした。

振り返ると、お見送りを諦めてきしめんをすするたっぴぃさんの姿が。後は任せたぞ。

「乗り遅れたかと思ったー」
「ヒヤヒヤしたわよ」
間一髪で新幹線に乗り込んだ僕を、お出迎えしてくれた一同。着席とほぼ同時に、新幹線は名古屋駅をするすると出発した。一泊二日、欲望に溺れた名古屋はこれでさようならだ。感傷に浸っている暇もなく、あっという間に東京に向けて移動開始となる。
とはいっても、まだ最後のイベントが残っている。新幹線の中で、「手羽先を食べつつ宴会」だ。
「さあ、首検分しよう首検分」
と言いながら、先ほど慌てながら購入した「風来坊の手羽先」の箱を取り出す。

2人前・10本で993円。これで、一人二本ずつ食べることができる。
さっき矢場とんで味噌かつを食べたばかりだし、一人二本を味見程度で食べるくらいがちょうどよかろう。

で、宴会開始。5名なので、向かい合わせの4名席+あともう1席。おやびんがその1席からひょっこり顔を出している。500mlの缶ビールを手に。帰りの宴会もとても盛り上がった。
おやびんに至っては、1本では足りぬ!ということになり、追加を車内で購入したくらいだ。よく飲むなあ。通りすがりの車内販売のお姉さんを呼び止め、「すいません、おかわり」と声をかけたので我々は吹き出してしまった。
「ちょっと待ってよ、『おかわり!』って言ってもお姉さんは何のことかわからないよ」
「居酒屋じゃないんだから」
「あっ、そうだっけ?これ、ここで買ったんじゃなかったっけ?」
「違いますよ、もしそうだとしても、売り子さんにおかわりって言っても通じないですから」
かなりいい感じに疲れと酔いが回っている様子。

なんとか無事に帰宅。歩数計の数値を見たら、21,325歩という表示になっていた。さすがに歩いたなぁ、1日目よりもさらにいっぱい歩いたことになる。
ひたすら歩き、ひたすら飲み食いした濃密な二日間だった。こんなしょーもない企画、わざわざ参加してくれた人どうもありがとう。
まゆみさんは言う。
「チョー面白かった。うちら、これまで人が企画した旅行ってのはあんまり参加したことないのよ。全部自分たちで計画立ててたから。でもこれならまた参加したい!次は広島とか行ってみたい!」
実現する機会はあるのだろうか。次回一泊オフは冬の広島で牡蠣食べまくりツアーになるのだろうか。
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