ガソリンはなくても車は走る【白嶺三山縦走】

赤岳の下山途中で知り合った人が、「オクトーバーフェスト」でドイツのビールをあおりながらこう言った。

「次、どこかに登るんだったら北岳がいいんじゃないかと。」

別の日、山友達のコダマ青年がハイボールをぐいっと飲み干し、こう言った。

「おかでん、北岳にまだ登ってないのはイカンと思うんだ。」

なんか時を近くして、二人から北岳をお勧めされちゃった。そうか、登るべき山を、まだおかでんは見落としていたのか。

「山の良し悪しを標高で決めるわけじゃないけど、さ」

コダマ青年は地鶏を割り箸でつつきながら話を続ける。

「でも、仮にも北岳って、日本で二番目に高い山なわけよ。『おかでんさんどんな山に登ったんですか』って人に聞かれたとき、『えっ、北岳に登ってないんですか』ってなるわけよ。それはまずいだろうと」

そういえば彼は以前、北岳を単独行した際に、雪渓の氷を持ってきてそれでウイスキーを飲んだらやたらとうまかった、って熱く語っていたな。

「これぞ南アルプスの天然水、なんだよ」

というその姿はとてもまぶしかった。

そんな話を聞いたのがかれこれ7、8年は昔のことだと思うので、放置されるにしても度が過ぎる。今回、こうやって北岳が話題になってるんだから、いよいよ年貢の納め時なのかもしれない。

よし、北岳へ行こう。

北岳。標高3,193メートル、日本第二位の高峰。

南アルプスの北部に位置する山だ。主な登山口となる広河原までたどり着くのにそれなりに時間がかかること、さらにそこから通常なら山中一泊を伴うことからちょっととっつきにくい山ではある。

しかも、この北岳の奥には、間ノ岳、農鳥岳と雄大な山が続き、「白嶺(白根と書く場合もある)三山」と呼ばれている。せっかくだからそっちまで足を伸ばしたい、となれば二泊三日の行程だ。ふと思いつきで行ける場所ではない。時間も、体力も必要とされる。

しかし、今回はちょうど夏休みが一週間ある。ということで、そのタイミングに登ってくることができそうだ。ロックオンしたら話は早い、てきぱきと予約を入れたり、計画を練ったりした。

山行計画の概要はこうだ。

[8月4日]
新宿からスーパーあずさで甲府。
甲府からバスで広河原。
広河原から登山開始、初日は白根御池小屋で宿泊。
[8月5日]
白根御池小屋出発。
北岳→間ノ岳と3,000m級の山を縦走。
農鳥小屋に宿泊。
[8月6日]
農鳥小屋出発。
農鳥岳を経由して、大門沢から下山。
奈良田で温泉。
下部温泉→甲府→新宿、と退却。

白嶺三山縦走ならば定番中の定番ルート、といえる。広河原INで間ノ岳Uターンで広河原OUT、というのもよく使われるルートだが、それだと農鳥岳は踏破できない。百名山ピークハントが目的であれば、北岳・間ノ岳という百名山を効率よく巡れるが、やっぱり「白嶺三山」と名前がついている以上、どれも等しく愛してあげたいものだ。今回は、北から南へ縦走して突き抜けるルートを採用した。

今回の見どころは、なんといっても農鳥小屋に泊まる、ということだ。

ここの親父は相当偏屈で、「親父に説教された」といった類の話には暇がない。ためしに、Googleで「農鳥小屋」を検索してみるといい、親父の話ばっかりが出てくる。

山歩きをする人の間では、この「農鳥小屋の親父」はあまりに有名。前評判が相当すごいので、「白嶺三山縦走はしたいけど、農鳥小屋に泊まるのはちょっと」と公言してはばからない人は結構多い。実際、赤岳で知り合った人も、「農鳥小屋に泊まるんですか!?ぜひレポートしてください!」と怖いもの見たさでおかでんにリクエストしてきた。そんな、宿。

この農鳥小屋は原則電話予約が必要なようなので、緊張しながら電話をかけてみた。粗相があったらどやされるんじゃないか、と思ったからだ。しかし、電話は留守番電話。拍子抜けしながら、予約したい旨メッセージを残しておいた。
そんなわけで、あれこれ準備を整えて、いざ当日。

2013年08月04日(日) 1日目

腕時計を新調しました

旅の初日は、日曜日からスタートする。

土曜日からヨーイドンした場合、その他大勢の登山客諸君と行動を共にすることになるからだ。

人間、体力の差はあれど、一日の行動範囲ってのは大して変わるものではない。

だから、同じ山に登る人は同じ電車に乗り、同じバスに乗り、同じルートをたどり、そして同じ山小屋に泊まることになる。つまり、土曜日出発なんて選んだ日にゃ、一日中大混雑を覚悟しなければならないわけだ。週末から日程をズラすにこしたことはない。だから、日曜日。

今回、新たなツールとして腕時計を購入した。

「スマホがあれば、腕時計なんていらないよ」ということで、腕時計を持たなくなってはや数年だが、さすがに前回の山行で、雨の中ポケットからスマホを頻繁に取り出して時刻を確認する煩雑さにうんざりした。現在時刻確認は山歩きではとても重要なこと。スムーズにそれができるように、今更ながら腕時計を買っておこうと思ったわけだ。

腕時計って、その人がカネ持ってるかどうかが顕著に現れるアクセサリーだ。だから、うかつに安い時計なんてはめていたら、バカにされるのがオチだ。だから、僕は買ってなかった。数年前に登山用のプロトレック(気圧や気温、標高といったデータを表示してくれるカシオ製の腕時計)を壊して以来、時計がないまま今に至る。

でも今回さすがに2泊3日の長丁場ということもあり、観念して時計を買った次第。

安物を買ったのだが、値段以上には見えるようなものを選んだつもりだ。

スーパーあずさに乗ろう

07:52
朝の新宿駅。

いつもなら、7時ちょうど発の「スーパーあずさ1号」に乗ることが多いのだけど、今回はゆったり8時発の「スーパーあずさ5号」を選んだ。

今日、北岳の稜線上まで登るのは無理。中腹の山小屋「白根御池小屋」にたどり着けばよいので、比較的のんびりとしたスケジュールになっている。

荷物が多い

07:53
今回の荷物。

学生時代、ちゃんとした山岳部に入っていたらパッキングは徹底して先輩から習うはずだ。

どうやって荷物をコンパクトにまとめるか、から始まって、重心の設定の仕方とか、いろいろ。

でも、独学で山登りをやってきた僕はそういう知識がない。だから、適当にぽんぽんザックに詰めているので、なんだか毎回荷物がとても多い。

今回、「山でカップラーメンを食べようぜ」という考えでいる。昔は当たり前のようにやってきたことだけど、今じゃすっかりなりを潜めた、ちょっとしたぜいたく時間。それを再び取り戻そう、というわけだ。

そんなわけで、水を余計に積んでいるし、ガスストーブや鍋、ガスカートリッジなどを持参しているので随分荷物が増えた。おにぎり持参だと、安いし軽いし小さいんだけどなあ、とため息をつく。でも、山の上での時間は大切にしなくちゃいけない。おにぎりだけじゃ、物足りない。

本当に凝っている人は、ドリップコーヒーの器具まで山の上に持って上がる。わざわざ豆を山頂で挽いたりして。そこまではやろうと思わないが、せめてカップラーメンくらいはやりたい。

ちなみに、昔のおかでんは、「生ビール樽をかついで登り、山頂で生ビールをジョッキで飲む」ということを真剣に夢見ていた。いつかやるつもりだったのだが、そうこうしているうちにおかでんはお酒と絶縁。この夢は二度とかなわなくなってしまった。

スーパーあずさ

07:56
スーパーあずさ5号。

朝一発目の便ではないので、山装備がっつりの人の数は少し減る。その代わり、軽装の日帰りハイカーや、「今日からちょっとした旅行なんですよ」という奥様とか、そういうのが増えた。

この電車で、甲府を目指す。

南アルプス北部の起点となるのは、甲府駅だ。

09:35
甲府駅に到着。

甲府駅にはプラカードを持った人がいた

ここからバスに揺られて、南アルプス北部の登山基地となる広河原を目指すことになる。

甲府から、所要時間はざっと2時間。結構な長丁場だ。というか、新宿-甲府間よりも時間がかかる。

広河原行きのバスは、昨年の鳳凰三山登山の際に乗った経験がある。途中の夜叉神峠で下車したのだが、バス4台に登山客がすし詰め状態だったのが記憶に新しい。あの時は1時間の行程だったが、バスで1時間立ちっぱなしというのは電車以上に疲れるものだ。登山前に疲れるのはイヤだ。しかも今日は2時間だし。

バス停に長蛇の列ができていたら途方に暮れるな、と思いながら甲府駅南口を出る。

すると、「南アルプス山岳フェスティバル」と書かれた案内プラカードを持っている人がいた。なにー?今日、何か山のイベントがあるのか。まさか、人がいっぱいいるんじゃなかろうな?

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