
13:37
テント場のあたりから小屋に向けては、丸太を組んだ階段がこしらえてあった。
親切だ。
その傍らには、夜になると自動で光る、ソーラーパネル付き照明が設置されていた。テント場の人がトイレに行く際、足元を照らす用にということだろう。
なんだ、ここの小屋番、いい人じゃないか。
こんな照明なんて、普通他の山小屋にはないぞ。わざわざ設置するあたり、配慮がうかがえる。
あ、ちなみにここのトイレは、小屋番のおじさんと並んで有名。なかなかレトロで強烈らしい。

13:38
農鳥小屋、到着。
屋根だけでなく、壁も赤い小屋が密集している。
登山道はこの小屋群の中を突っ切る形になっている。
その中の建物の一つに、黄色いペンキで「ウケツケ」と書いてあった。受け付け、すなわちフロントにあたる場所はその建物らしい。
カタカナで書いてあるので、「ウケケケ」と笑っているように見えた。最初は真剣に「なにを言いたいんだこの小屋は」と思った。

13:40
間ノ岳を振り返ってみる。
山頂付近は既にまたガスっていた。山頂に限らず、周囲一帯は青空が消え、また怪しい天気に戻っていた。
こうやってしげしげと見ると、「なだらか」と思っていた山だけど案外すっくと立っている。テラスだのなんだの形容していたけど、それほど真っ平らでもなかった。

13:42
ウケツケに行ってみたら、一人の登山客が入り口のところで立っていた。
「今、犬のえさをあげるらしいからちょっと待てて、て言われてます」
と苦笑しながらおかでんに教えてくれる。見ると、ひげを生やした仙人のような人が、犬に囲まれてゴソゴソやっている。この人がうわさの小屋番か。
標高2,800メートルを超える場所に、犬とは。
犬は、一匹だけじゃない。3匹だか4匹だか、いる。結構な大所帯だ。この山小屋は小屋番一人で賄っているようなので、一人の寂しさをこの犬で補っているのかもしれない。
ようやく犬の世話が終わったおじさんがおかでんのウケツケをしてくれる。
この小屋の予約は留守番電話にしておいたのだが、ちゃんとご本人に伝わっているかどうか心配だ。「あんた誰?聞いてないよ、ちゃんと事前に連絡入れなくちゃ!」なんて怒られたりするんじゃないかと心配。
でも、そんなことは特になかった。ちゃんと伝わっていたのか、それとも予約の電話についてはさほど認識していなかったのか。
おじさんはぶっきらぼうな物の言い方をする。丁寧語とため口のちゃんぽんで、登山客に対しては指示命令のせりふが多い。そして、武骨な男のキャラな割にはよくしゃべる。しゃべる、といっても芸能人がうんたら、とかそういう下世話な雑談ではなく、登山客に対する気遣いが中心だ。
その気遣いはしごくまともなことを言ってるのだが、耳が痛い立場の人にとっては「うるさい」と感じるだろう。お説教じみて聞こえる、というのはそういうところから来るのだと思う。
おかでんは緊張しながらウケツケを済ませた。体育会系ばりの丁寧語とハキハキさで無事手続き終了。
おじさんに誘導されて、寝泊まりする部屋に向かった。
重たい引き戸をゴロゴロと開けると、そこは屯田兵が寝泊まりしていたかのような空間。コの字型に広がったスペースと、その真ん中にある土間。
昼間なのに薄暗い部屋。
そこには先客が6名、いた。最終的には14名になったと思う。全員が間ノ岳方面からやってきて、翌日は農鳥岳を経由して奈良田におりる、と言っていた。
男性3名、女性3名。
男女相部屋で、女性が寝る列と男性が寝る列は分けられていた。

14:00
本日の歩数は、25,457歩。
13時40分には山小屋に着いた、ってことは、おかでんとしては相当早い到着だ。
「到着が15時を過ぎたら、小屋番のおじさんに怒られる」
と聞いていたのでびびりすぎたか。
いや、びびっちゃいないんだが、白根御池小屋から歩いてちょうどこれくらいの時間だった。途中要所要所で十分に休憩を入れてのことなので、もっとかっ飛ばして到着することだってできたはずだ。
そういえば、間ノ岳でおしゃべりした人は
「今日中に農鳥岳を越えて大門沢から下山する」
と言っていた。
当然この農鳥小屋なんて素通り、ということだ。
その話を聞いておかでんは仰天した。
「ええ?無理ですよ、日が暮れますよ」
と止めたが、本人は全く意に介していない。
「もし真っ暗になってしまったら、途中の大門沢小屋に泊まってもいいし」
とか言ってる。大丈夫かおい。あまりにも無謀な計画で、止める気になれなかった。そんな無謀な計画を立てるということは、それなりに経験も技術もある人なんだろう。
ちなみに、間ノ岳から農鳥小屋までは1時間、そこから人里がある奈良田温泉まで8時間。合計9時間の行程だ。どんなに俊足でも、日没後まで歩き続けることになる。
大門沢小屋で一泊だとしても、間ノ岳から6時間近くかかる。食事にありつける時間ではない。
この人、途中で気が変わって、農鳥小屋で停滞していないかな・・・と思って小屋の中を見渡したが、見当たらなかった。予定通り日没後も歩き通して下山したようだった。
事故は起きなかったようだが、おかでんはまねできない話だ。
コメント