ガソリンはなくても車は走る【白嶺三山縦走】

奈良田の里温泉外観

12:36
奈良田の里温泉は、旧家風の造りになっている。

温泉のほかに有料の休憩用お座敷、食堂などがある。

さあ、苦難の時間はここまで。これからは、快楽をむさぼる時間の始まりです。

ザックだらけの庭

12:38
庭には、たくさんのザックと登山客がうごめいていた。若い人が多く、どのザックも大きい。大学のワンゲルや山岳部の夏合宿が何組もいるようだ。

とても混雑しているので、こりゃあお風呂に入るのは一苦労だ、とがっかりしたが、実際はこの人たちはすーっとこの場を去っていった。どうやら、これからバスに乗って広河原に向かうらしい。下山した人たちなのではなく、これから入山する人たちなのだった。

入山前に温泉に浸かったら、まったりしすぎて闘志が削がれてしまいそうだけど大丈夫か諸君?

この人たちをはじめ、奈良田を起点する人たちのが大門沢を上りには使っていない。いったん広河原に出て、そこから北岳、間ノ岳、農鳥岳を経由して奈良田に戻ってくるルートを取る。大門沢の長くて標高差が大きい登山道は、敬遠されているというわけだ。

温泉を満喫

12:45
奈良田の里温泉の湯船。

結局、おかでんがお風呂に入ったときには、誰もいなくなっていた。

この日下山してくる人たちのはまだ奈良田には到着していないので、この時間は穴場なのだろう。

「女帝の湯」という名前が付いているのだが、それは孝謙天皇がこの湯に浸かって逗留していた、という言い伝えがあるからだ。ちなみに孝謙天皇は女性。大変気に入ったらしくて8年間もこの地で過ごしたということだが、どこまで本当なのだろうか。今でさえびっくりするくらいの山奥なのに、孝謙天皇がこの地を訪れたとされる西暦758年(天平時代)はここはどんな場所だったのだろう。

それにしても昔の人はアクティブだな。小野小町は秋田まで遠征してるし、ヤマトタケルノミコトは関東のいたるところに伝説を残しているし。

ザックはいなくなっていた

13:20
風呂上りに、屋外にデポしておいたザックの荷物を整理するために外に出たら、すっかり誰もいなかった。もう広河原に向けて出発したらしい。まさかあそこにいる人全員が、おかでんと同じバスに乗るって話だったらたまらない。でもたぶん違うと思う。そう思いたい。

風呂場にはザックを持ち込めないので、ザックは建物の外に置くように指示されていた。貴重品は、100円リターン型のコインロッカーがあるのでそちらに入れる。

余った水を捨てたり、乱雑になったザックの中身を整理したりしてようやくさっぱりした気持ちになる。

奈良田ダム

13:20
奈良田の里温泉から見下ろした、奈良田ダム。

今の奈良田集落は、このダムが出来たことで湖畔に移動している。だから 、この温泉施設の源泉は、厳密に言うと孝謙天皇が浸かったとされるお湯とは別物だ。



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